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毎日ブログ

2025/08/10
632/1000 ロバートジョンソンそして国宝   

妻が夫婦割で予約を入れてくれて、映画『国宝』を観に行った。

娘いわく「ポップコーン食べる暇がないほど面白いらしい」映画だそうで、確かにその通りだった。

上演前にはくちゃくちゃと音を立てていた観客も、無音が多いこの映画が始まると、ピタッと手を止めた。

この美しすぎる映画には、ポップコーンが入り込む隙が微塵もない。

何度も涙でスクリーンが霞んだが、それを妻に気づかれないよう、涙を拭わず流しっぱなしにしておいた。

印象深かったのは、主人公の「神様じゃない、悪魔と取引したんだ」という一言。

その一瞬の美しい景色を求め、自分の人生の全てを投げだす生き様に、胸を突かれた。

ふと、ギターのテクニックを手に入れるために悪魔と取引をした——そう語られる伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンが頭をよぎる。

芸を極める者は、時代も国も関係なく、同じ危うい橋を渡るのだろう。


自分ではきっと映画館には観に行かなかったであろう作品。

夏休みのいい思い出になった。

2025/08/08
630/1000 ゴミを拾う時の合言葉   

私は、いわゆる“ゴミ屋の倅”だ。

父の仕事柄、子どもの頃からごみと隣り合わせで育ってきた。だからなのか、道端にごみが落ちていると、悲しい気持ちになる。それは時に怒りに変わり、「なんでこんなことをするんだ」とつぶやきながら拾っていた。


そんな習慣は大人になっても変わらない。自家用車にはいつでも拾えるようにゴミ袋を常備し、出先で見かければ迷わず手を伸ばす。だけど、長年続けていると、時々気持ちが重くなることもあった。拾えば拾うほど、「なんでこんなに捨てる人がいるんだ」と考えてしまうからだ。


そんな私に、ある先輩が教えてくれた。

「ゴミを拾うときは、“ラッキー”って言ってみな」

最初は意味がわからなかったが、先輩は続けてこう言った。

「道端のごみは、ラッキーの塊なんだよ。誰かが捨てたラッキーを、ありがたく拾わせてもらう。だから声に出して“ラッキー”」


試しにやってみたら、不思議と気持ちが軽くなった。

空き缶を拾いながら「ラッキー」、コンビニ袋を拾いながら「ラッキー」。小さくても口に出すと、怒りや悲しみよりも、ちょっとしたゲーム感覚が勝ってくる。


「なんでこんなに捨てるんだ」から「今日は何回ラッキーに出会えるかな」に変わった瞬間だった。

考えてみれば、気持ちの持ち方ひとつで同じ行動もまるで違うものになる。ごみを拾うことが、怒りや義務じゃなく、ちょっとした喜びに変わるのだから不思議だ。


今でも私は車にゴミ袋を積んでいる。

だけど、その袋を手に取るとき、昔のように眉間にしわは寄らない。

「ラッキー」

そうつぶやきながら拾ったごみ袋の中には、今日も小さな幸せが詰まっている。

2025/08/06
628/1000 体も組織も、変わるには痛みがいる   

先週からピラティスを始めた。

姿勢を良くしたい。ただそれだけの動機だった。

でも、すぐに気づかされた。

姿勢を正すというのは、筋肉を“鍛え直す”ことでもあった。

つまり、使ってこなかった場所に意識を向け、目覚めさせることだった。


レッスンのあと、肩の奥や胸のあたりがズキズキと痛む。

こんなところに筋肉痛?と不思議に思いながらも、それは新鮮だった。

体の深部に埋もれていた“自分の力”を掘り起こしている感覚。


変わるというのは、こういうことなのだろう。

痛みをともなう。でも、それは前に進むときの合図でもある。


ふと思った。

自分に変化を求めることと、会社に変化を求めることは、きっと繋がっている。


うちの会社はもうすぐ設立50年。

変わったのは時代であり、価値観であり、求められるスピードだ。

でも、扱っている商品はあまり変わらない。


「このままでいいのか?」

そんな問いを、ここ数年ずっと胸の中でくすぶらせていた。


けれど、自分自身が変わらずに、

会社に変化を求めるのは違う気がした。

まずは、自分の姿勢から。


姿勢を変えると、呼吸が変わる。

呼吸が変わると、思考が変わる。

思考が変われば、行動が変わる。

それは、会社にだって当てはまるはずだ。


体の奥から伸びていく感覚を、

今、組織にも重ねて見ている。

2025/08/04
626/1000 名前を変えるたび、新しい自分になる。北斎の成長法   

昨夜、寝る前に何気なくラジオの聞き逃し配信を開いた。

耳に飛び込んできたのは、葛飾北斎の話だった。

彼は生涯で30を超える名前を持ち、改名のたびに古い名を弟子に譲ったという。

弟子はその名を掲げて活動を続け、北斎は新しい名でまた歩き始める。


さらに驚いたのは、名前だけでなく作風まで大胆に変えていたことだ。

積み上げた技術や評価を手放し、まるで新しい画家として生まれ変わるかのように次の表現へ向かう。

守るより壊すことを選び、そのたびに新しい景色を手に入れていったのだろう。


一方で、私たちはしばしば名前に縛られる。

私は三代目社長として会社を継いだ。

先代が築いた名と歴史は、盾にもなれば重荷にもなる。

会社の看板を守る責任と、同時に新しい形へ進化させる役割の狭間で、日々揺れている。


組織を継ぐというのは、単に経営の椅子に座ることではない。

過去を受け取りながら未来をつくる、大胆かつ繊細な作業だ。

硬直化した仕組みを見直し、ときには思い切って壊すことも必要になる。

変化は批判や不安を呼ぶが、それでも新しい風を入れなければ組織は次の段階に進めない。


壊す・手放すというのは勇気がいる。

けれど、それは整理収納の世界でも最も大切な鉄則だ。

不要なものを手放すからこそ、本当に大切なものが見えてくる。

北斎が何度も名を捨て、新たな自分を描いたように、組織も人も、そうしてこそ輝きを増すのだと思う。


もし今の自分や組織に停滞を感じるなら、勇気を持って解体に踏み出してみる。

その先にこそ、まだ見ぬ自分と、まだ見ぬ組織の姿が待っている。


2025/08/02
624/1000 たった一回で、この疲労感。   

昨日、鶴岡のパーソナルジム「famille」で、人生初となるパーソナルトレーニングが始まった。いきなり半年契約。もう逃げ道はない。半年後には「やって良かった」と胸を張れる自分に会えるだろうか、そんな一抹の不安と期待を抱えてジムの扉を開けた。

初回メニューは、いきなり重りを担いでスクワット…ではない。呼吸から始まり、姿勢、骨盤の傾き、肩の位置を確認して、じわじわと動きを重ねていく。大したことをしていないように見えるのに、終盤には脚がぷるぷる、呼吸が浅くなる。


そして終了後の感覚は、水泳1kmを泳ぎきった後のような、じんわり全身にまとわりつく疲労感。汗はじわっと、頭はぼんやり。けれどこの疲れは、嫌じゃない。どこか心地よく、体が「よくやった」と言ってくれている気がする。


トレーナーからは、「この半年は、数字だけじゃなく日常の感覚も記録してください」とアドバイスされた。眠りの深さ、肩のこり具合、夕方の足の重さ…そうした変化が積み重なっていくのが楽しみになるらしい。


トレーニング後、ジムにて最後少し歩いてみる。姿勢が少しだけまっすぐになっている。鍛えるというより“整える”の第一歩。半年後、どんな景色が見えるかはわからないけれど、今はこの疲労感を土台に、静かにエンジンがかかった気がする。
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