最近、私の仕事の中で欠かせない作業のひとつに、産業廃棄物のマニフェスト発行がある。
マニフェストとは、産業廃棄物がどこから出て、誰が運び、どのように処理されたのかを最後まで追跡するための書類だ。
いわば「ごみの履歴書」のようなものだと思っている。
廃棄物は出したら終わりではない。
きちんと処理されたことを確認して初めて、責任が完結する。
そんな大切な役割を担う仕組みとして、最近では電子マニフェストも普及してきている。けれど現場では、まだまだ紙マニフェストが圧倒的に多いのが実情だ。
そしてその紙マニフェストを印字するのが、ドットプリンターである。
これが、とにかくうるさい。
ガガガガガガ……と鳴り続け、隣の人との会話が聞こえなくなるほどの音を立てる。静かな事務所なら、なおさら存在感は大きい。
正直に言えば、「もう少し静かにならないものか」と思うこともある。
けれど、このプリンターが止まると仕事も止まる。
マニフェストが出なければ、運搬もできない。
処分も進まない。
つまり現場が動かなくなる。
そう考えると、あの大きな音は、仕事が動いている音でもあるのだと気づく。
仕事に携わって初めて分かる、道具のありがたさというものがある。
普段は気にも留めない一台のプリンターが、実は社会のルールを支え、地域の安心を支えている。
今日もまた、事務所のどこかであの音が鳴っている。
少しうるさいけれど、頼もしい音だなと思う。
土曜休みになってからというもの、月曜日は電話の嵐、持ち込みの嵐が吹き荒れる。
それで電話対応は私の仕事でもあるのだけれど、最近多いなあと感じる問い合わせがある。人形の供養についてだ。
ホームページをご覧になって連絡をくださる方が多い。当社では、みかん箱程度の量であれば3,000円(税別)+kgあたり110円で合同供養を行っている。持ち込まれるものは人形に限らず、遺影であったり、お札であったりとさまざまだ。
今日のお電話は、クレーンゲームで集めたお人形についてだった。たくさんあって、しかも埃をかぶっている。それでも、そのまま捨てるのは忍びない。供養してから手放したい、というご相談だった。
お気持ちはとてもよく分かる。
そこで私はこう提案した。
ゴミ袋に清めの塩を少し入れて、「ありがとう」という気持ちを添えて、鶴岡市のステーションごみに出してみてはどうでしょうか、と。
供養というのは、必ずしも特別な場所で行うものばかりではない。気持ちを込めること自体が供養になることもある。
電話の向こうのお客様は、ほっとしたように納得されていた様子だった。
物を手放すというのは、単なる処分ではないのだと思う。そこに込めた時間や思い出に区切りをつける、小さな儀式のようなものなのだろう。
私は月に一度、床屋に行く。
だから帰り際に「来月もお願いします」と言って、その場で次の予約を入れて帰るのがいつもの流れだった。ところがそれだと、意外と自分のいい日が取れないことが多かった。
すでに予約が埋まっていたり、少し無理をした時間になったりする。
そんなある日、店主から「二か月先まで入れてみたらどうですか」と提案された。
なるほどと思って、その通りにしてみた。
すると驚くほどすんなり、自分の予定にぴったりの時間が取れた。ほんの少し先まで見通しておくだけで、こんなにも違うのかと感心した。
なんでもないことのようだけれど、これはなかなかいい作戦である。
予定というのは、追いかけるより並べておいた方が楽なのかもしれない。
床屋の予約ひとつで、そんなことを思った。
ごみの受け入れをしていると、不思議な時がある。
全く同じ冷凍庫が出てくる日があるのだ。
同じメーカーで、同じ大きさで、同じ色。
冷蔵庫ならまだ分かる。数が多いから重なることもあるだろう。
けれど冷凍庫は違う。そもそも持ち込まれる数が少ない。どちらかと言えばレアな存在だ。
そのレアな冷凍庫が、しかもレアなメーカーのものまで、同じ日に持ち込まれたり、収集に伺った先で続けて出てきたりする。
同じ頃に売られ、同じ頃に使われ、そして同じ頃に役目を終える。
家電にも“寿命の季節”のようなものがあるのかもしれない。
そんなことを考えていた時、私たちの仕事の分類が変わっていくという話を聞いた。
これまで私たちの仕事は、ざっくり言えばサービス業と括られてきた。
けれどこれからは「資源循環業」というような分類に再編されていくのだという。
なるほどと思った。
これまでは不要なものの終着点というイメージだったかもしれない。
けれどこれからは再出発地点という立場になるのだろう。
同じ冷凍庫が同じ日にやってくるのも、単なる偶然ではなく、社会の中でモノが一斉に役目を終え、次の循環へ向かっていく節目のようなものなのかもしれない。
私たちはごみを受け入れているようでいて、実は資源の流れの途中に立っている。
そう思うと、いつもの持ち込みの風景が少し違って見えてくるのだ。
今日は新型バキュームカーの納車日。
バキュームカーを新車で購入するのは平成25年以来、13年ぶりとなる。
創業以来、何台もの車両が会社を支えてきたが、また新しい一台がその列に加わった。
先代の社長である父によれば、昔はバキュームカーというだけで、車両の整備を断られることもあったのだという。
それだけこの仕事には、目に見えない距離のようなものがあったのだと思う。
一昔前は、確かに偏見のような空気があった。
こちらが気にしなくなったのか、それとも社会の方が変わったのか。今ではそうしたことをほとんど意識することがなくなった。
地域の暮らしに必要な仕事として、静かに受け止めてもらえているのだとしたら、それはありがたいことだと思う。
新しい一台は、これからまた何年も地域のそばを走り続ける。
そう考えると、納車の日というのはやはり少し特別な日である。
白い季節からピンク、桜の季節が終わり、菜の花やタンポポの黄色の季節がやってきました。
我が家では、この時期の年中行事である、鯉のぼりの設置作業が行われます。
これまで十数年、私の父と私とで、この設置作業は行われてきました。
まあ、息子も高校2年生なのでもう必要ないようにも思うのですが、父のたっての希望で、高校3年生までは鯉のぼりを上げたいという事で、今年は、忙しい私に変わって、息子と、父(息子から見れば祖父)との共同作業によって上げられることになりました。
まだ見ていませんが、最高に天気の良いこの気持ちの良い日、鯉のぼり、気持ち良く泳いでいるかな〜と思います。
そういえば我が家の鯉のぼりは、吹き流しに父と母、そして息子の計三匹。
あるとき家族の誰かに、「あれ?お父さん私の鯉はいないの?」と聞かれたことを思い出します。
さて、帰ったら見上げてみようと思います。
今年の鯉は、どんな顔で泳いでいるだろうか。
最近、「ペンキが不足しているらしい」とか、「秋には靴が足りなくなるかもしれない」といった話を耳にするようになった。
こういう話題が出てくると、どうしても頭をよぎるのが、昔のオイルショックのトイレットペーパー騒動だ。買いだめが広がり、店頭から紙が消えたという話は有名だが、あの時は実際には本当に無くなったわけではなかったとも言われている。
むしろ「無くなるらしい」という空気が、無くしてしまった。
以前、当時買いだめしたトイレットペーパーがまだ残っているという記事を読んだ記憶がある。笑い話のようだが、これはとても象徴的な出来事だと思う。
備えは大切だ。しかし備えすぎると、誰かの分まで抱え込むことになる。
米の時もそうだった。少し不安になると、人は多めに買う。それが重なると、本当に足りなくなる。結果として社会全体が不安定になる。
備えるというのは、本来は安心のための行動のはずだ。
だから私は、「正しく備える」という言葉がしっくりくる。
例えば、いつもより少しだけ多めに用意しておく。普段使っているものを切らさないようにしておく。それだけで十分だと思う。
過剰に抱え込まなくても、静かな備えはできる。
備えるとは、不安に振り回されることではなく、日常を守ることなのだと思う。
珍しく妻がそんなことを言って、騒ぎ出した。
「今年こそ赤川花火を観たい」と。
思えば昨年は、チケットを取り損ねた。
妻と娘は遠くの屋上ビアガーデンへ。
私は息子と、町中が静まり返った頃を見計らって、ガラガラのファミレスでのんびり夕食だった。
けれど静かな店内にも、尺玉の振動だけは届いてくる。
窓の外には何も見えないのに、「ああ始まったな」と分かるあの感じ。
今ごろ何をやっているのかな、と何度も思った。
赤川花火のすごさは、大きさだけではない。
全国の花火師が競い合う大会で、音楽とぴたりと重なる演出は、もはや一つの作品だ。
最後のワイドスターマインになると、空も地面も一緒に鳴る。
庄内にいると、やっぱり特別な花火だと思う。
だからだろうか。
春のうちから妻が動き出した。
さて今年の花火は、何をやっているのだろう。
できれば今年は、
あの音の真下で観たいものだ。
新聞のコラムに「偶然の出会いは備えた者に訪れる」とあった。
いい言葉だと思いながら読んでいたのだけれど、読み終えてから少し考えてしまった。
備えた者とは、何を備えている人のことだろう。
知識だろうか。経験だろうか。努力だろうか。
けれど最近は、少し違う気がしている。
偶然というのは、突然起きる出来事ではなくて、むしろ「見えているかどうか」の問題なのではないかと思うのだ。
人は、自分が関心を持っているものしか見えない。
同じ場所にいても
同じ人に会っても
同じ話を聞いても
そこに意味を見つける人と、何も感じない人がいる。
違いは能力ではなく、ビジョンだと思う。
どこへ向かいたいのか。
何を大切にしたいのか。
どんな仕事をしたいのか。
その輪郭がぼんやりでもある人には、偶然がチャンスとして現れる。
逆に言えば、それ以外は静かに通り過ぎていく。
偶然というのは、出来事そのものではなくて、
自分の中にあるビジョンが働かせているノイズフィルターのようなものなのだと思う。
だからチャンスは、探すものではなくて、見えるようになるものなのかもしれない。
「自分は何をやってきたのか」と立ち止まることがある。
その瞬間、ちょっと血の気が引く。
見えていなかったものが、急に姿を現す。
ああ、怖いなと思う。
だけれど、目を逸らす訳にも、逃げる訳にもいかない。
逃げたように見える選択だって、たぶんあるのだろう。
でもきっと、それは少し勿体ない。
今はちょうど、その真っ只中にいる。
この先に何があるのか。
そりゃ、気になるよね。
昨年の4月1日、体重69.9kg、へそ周り85.5cm。
今年の4月1日、体重64.2kg、へそ周り77.5cm。
ちょうど一年で、体重は5.7kg減り、へそ周りは8cm細くなった。
こうして数字だけ並べると立派な変化に見えるが、特別なことをしたわけではない。半年間パーソナルジムに通い、その後は教わったことを維持するために、毎朝10分ほどのトレーニングを続けているだけである。
たった10分とはいえ、毎日続けるとなかなか侮れない。
先日、クローゼットの奥に掛かっていたオーダースーツを久しぶりに取り出してみた。かなりタイトな仕立ての一着で、以前、座った拍子にパンツのポケットが裂けてしまったことがある。修理はしたものの、それ以来なんとなく履けないままになっていた。
ところが今年、あらためて袖を通してみると、不思議なほど自然に収まった。
「ああ、履けるな」
そう思った。
体重が減ったというより、自分の身体が静かに整ってきたのだと感じた瞬間だった。
この一年は会社の働き方も変わった。休み方も変わり、仕組みも見直した。慌ただしく動いていたはずなのに、振り返ってみると、自分自身のリズムも少しずつ整っていたように思う。
数字は正直だが、スーツはもっと正直だ。
履けなかった一着が、もう一度履けるようになる。その変化は、暮らし方が変わった証拠なのかもしれない。
来年の4月1日には、どんな数字になっているだろうか。そう思いながら、今朝も変わらずダンベルを握った。
桜は満開だけれど、みぞれが降ってきた。
昨日は車でクーラーをかけ、今日は暖房だ。
春というのは、前に進んでいるのか戻っているのか、よく分からない季節だ。
それでも昨日は、ツバメのツガイが会社のテラスに巣作りの下見に来ていた。
人間の体感よりも、季節の方が少し先を歩いているように感じる。
車のエアコンがクーラーに切り替わるころになると、もう夏の入り口に立っているのだろう。
そういえば最近、家庭用エアコンの「2027年問題」という話を耳にした。
冷媒ガスの切り替えに伴って、エアコンの価格は2割ほど上がるとも言われている。
それなら今のうちに買った方がいいのかと思うが、新しい機種は省エネ性能も上がっていて、14畳タイプなら年間で12,000円ほど電気代が安くなるという話もある。
つまり、早く買うのが得なのか、待った方が得なのかは、その家の使い方次第ということになる。
エアコンの話はさておき、
会社のスタッフのことを考えると、最近は冬よりも夏の方が怖いと感じるようになった。
好きだった春なんだけれど、夏が重すぎる。
実家の母から電話があった。
50年以上飼い続けている亀を、お寺に許可をいただいてお寺の池に放そうと思う。だから別れを言いに来なさい、という。
その亀は、母が嫁に来る前から家にいた。
祖父が世話をし、その後は80代になった父が世話を続けてきた亀である。
子どもの頃、祖父に「この亀はどうしたの?」と聞いたことがある。
祖父は「海で捕まえてきた」と言った。私は長い間それを信じていたが、大人になってからこの亀が淡水に住むクサガメだと知った。
それでも、50年以上も我が家にいることに変わりはない。
何度も脱走して行方不明になりながら、いつの間にか戻ってきて、毎年卵まで産む。どうやらメスらしい。
放すと聞いたとき、世話もしていないくせに寂しいなとも思ったが、しょうがないなとも感じ、そのまま床についた。
その夜、夢に祖母が出てきた。
祖母と同じ布団に寝ているのだが、祖母は額に汗をかき、苦しそうにしている。やがて空がざわめくようにカラスの群れがやってきて、満月を覆い隠したところで目が覚めた。
祖母の名前は亀恵という。
その名前のこともあってか、この亀は我が家では大事にされてきたところもあるのだと思う。
翌朝、実家へ行き、その夢の話をした。
そして、私が飼ってもいい旨を伝えた。
これからどうなるのか。
冬眠中の亀は知る由もない。
情報の入れ方というのは、今やSNSが中心になっているのだろうと思う。もちろん便利だし早い。けれども、そこにはどうしてもバイアスがかかる。自分の見たいものばかりが集まり、そこから世界を眺めていると、いつの間にか少しおかしな景色になってしまうこともある。
気がつけばテレビもあまり見なくなった。
そんな我が家で、この春ひとつ小さな変化があった。新聞を取ることにしたのだ。
10年ほど前までは購読していたのだが、ある日ポストを覗いても最近来ていないなと思ったら、妻が相談もなく解約していた。2、3日読まなかったのが理由だそうだ。なるほど、確かに読まれない新聞ほど寂しいものはない。
それ以来、新聞とは縁がなかった。
今回、購読することになったきっかけは高校2年になる息子だった。学校の先生に、試験対策なのか新聞を読むようにと言われたらしい。妻は「どうせ読まないでしょ」と反対したが、私は少し違った。
私も読みたい。
そう思って、息子と二人でお願いしてみたところ、無事に受理された。
どの紙がいいのかは息子に任せた。右とか左とか色々あるから、自分で調べて決めてみたらいい。息子なりに調べて、Y紙にした。
新聞が届き始めて、2〜3日ほど経過した。部活が忙しいと読めないかな、と本人も言っていたのだが、思っていたよりしっかり読んでいる様子だ。社会面を開いたまま朝食をとっている姿を見ると、なんだか少しうれしくなる。
以前はタブレットに片耳ワイヤレスイヤホンというのが定番の食卓で、思わず「サイボーグかいな」とツッコミを入れてしまうような朝だった。
それが今は、紙をめくる音がしている。
雀が少なくなっているとか、そんな記事にふと目が止まる。知らないことって、まだまだ多いなあと感じる。世界を見ているつもりで、実はほんの一部しか見ていなかったのかもしれない。
新聞という知りたくない情報も含め流れてくるものを受け取る感覚。
息子と同じ新聞を囲む朝が始まったことも、なんだか静かにうれしい。
今、繰り返し聴いている音楽がある。エマニュエル・シャブリエの《狂詩曲スペイン》だ。
明るくて軽快で、春にぴったりのウキウキする楽曲だと思う。
聴いていると気持ちが自然と前を向く。そして不思議なことに、この曲にはどこか懐かしさがある。初めて聴いたはずなのに、前から知っていたような気がするのだ。もしかすると前世で聴いていたのではないか、そんな冗談のようなことまで思ってしまう。
調べてみると、この曲が作られたのは1883年。日本では明治16年の頃だという。鹿鳴館の時代、文明開化の空気が広がっていた頃に、遠くヨーロッパではこんな軽やかな音楽が生まれていたのだ。当時の日本人の耳にも届いていたのかもしれないと思うとロマンがある。
さらに1961年録音のレコードを見つけたので、思わず注文してしまった。針を落としたとき、どんな音が立ち上がるのか今から楽しみで仕方がない。
雪解けが進み、景色の色が少しずつ変わっていくこの季節。この曲を心地よく感じられるということは、自分自身もまた前を向いている証拠なのかもしれない。