最近、ふとした流れでトムハンクス主演のアポロ13を観た。
きっかけは、マーキュリー計画なんかもあって最近宇宙が熱いからかもしれない。それで人類が初めて宇宙へ挑み始めた頃が気になって、急にアポロ計画を観たくなった。
改めて観ると、この映画は単なる宇宙映画ではない。
国家の威信、冷戦、開拓者精神、現場力、そして時代の熱狂。そういうものが全部詰まっている。
しかし今回、一番驚いたのは別の部分だった。
「この頃のコンピューターって、どれくらいの性能だったんだろう?」
気になって調べてみると、これが本当に驚く。
現在のスマートフォンどころか、今どきの家電以下とも言われるレベル。メモリ容量はわずか数十KB。現代の感覚で言えば、ほとんど電子計算機付き電卓のような世界だ。
それなのに、人類は月へ行った。
しかも当時は、今のようにコンピューター任せではない。
最後は人間が判断し、人間が計算し、人間が責任を負っていた。
映画の中で、地上スタッフたちが紙を広げ、必死に計算しているシーンがある。あれは演出ではなく、本当にああいう世界だったらしい。
今はスマホ一台で世界中と繋がり、AIが文章を書き、自動運転まで現実になろうとしている時代だ。しかし、半世紀以上前の人たちは、今より遥かに不便な環境で宇宙へ向かっていた。
しかも、その頃には既にアポロ計画そのものが“当たり前”になり始めていたというのだから面白い。アポロ11号で世界中が熱狂した月面着陸も、13号の頃にはテレビ中継が打ち切られるほど関心が薄れていたらしい。
未来は、慣れる。
どれほど凄い技術も、日常になれば景色になる。
でも、景色になったものの中にこそ、本当はとんでもない努力や挑戦が隠れているのかもしれない。
そう考えると、アポロ13号という物語は、宇宙の話でありながら、人間の話なのだと思う。
限られた技術。
限られた資源。
失敗が許されない状況。
その中で、「必ず帰す」と決めた人たちの執念。
あれはきっと、宇宙開発というより、“人間の底力”を映した映画なのだ。