新聞のコラムに「偶然の出会いは備えた者に訪れる」とあった。
いい言葉だと思いながら読んでいたのだけれど、読み終えてから少し考えてしまった。
備えた者とは、何を備えている人のことだろう。
知識だろうか。経験だろうか。努力だろうか。
けれど最近は、少し違う気がしている。
偶然というのは、突然起きる出来事ではなくて、むしろ「見えているかどうか」の問題なのではないかと思うのだ。
人は、自分が関心を持っているものしか見えない。
同じ場所にいても
同じ人に会っても
同じ話を聞いても
そこに意味を見つける人と、何も感じない人がいる。
違いは能力ではなく、ビジョンだと思う。
どこへ向かいたいのか。
何を大切にしたいのか。
どんな仕事をしたいのか。
その輪郭がぼんやりでもある人には、偶然がチャンスとして現れる。
逆に言えば、それ以外は静かに通り過ぎていく。
偶然というのは、出来事そのものではなくて、
自分の中にあるビジョンが働かせているノイズフィルターのようなものなのだと思う。
だからチャンスは、探すものではなくて、見えるようになるものなのかもしれない。
「自分は何をやってきたのか」と立ち止まることがある。
その瞬間、ちょっと血の気が引く。
見えていなかったものが、急に姿を現す。
ああ、怖いなと思う。
だけれど、目を逸らす訳にも、逃げる訳にもいかない。
逃げたように見える選択だって、たぶんあるのだろう。
でもきっと、それは少し勿体ない。
今はちょうど、その真っ只中にいる。
この先に何があるのか。
そりゃ、気になるよね。
昨年の4月1日、体重69.9kg、へそ周り85.5cm。
今年の4月1日、体重64.2kg、へそ周り77.5cm。
ちょうど一年で、体重は5.7kg減り、へそ周りは8cm細くなった。
こうして数字だけ並べると立派な変化に見えるが、特別なことをしたわけではない。半年間パーソナルジムに通い、その後は教わったことを維持するために、毎朝10分ほどのトレーニングを続けているだけである。
たった10分とはいえ、毎日続けるとなかなか侮れない。
先日、クローゼットの奥に掛かっていたオーダースーツを久しぶりに取り出してみた。かなりタイトな仕立ての一着で、以前、座った拍子にパンツのポケットが裂けてしまったことがある。修理はしたものの、それ以来なんとなく履けないままになっていた。
ところが今年、あらためて袖を通してみると、不思議なほど自然に収まった。
「ああ、履けるな」
そう思った。
体重が減ったというより、自分の身体が静かに整ってきたのだと感じた瞬間だった。
この一年は会社の働き方も変わった。休み方も変わり、仕組みも見直した。慌ただしく動いていたはずなのに、振り返ってみると、自分自身のリズムも少しずつ整っていたように思う。
数字は正直だが、スーツはもっと正直だ。
履けなかった一着が、もう一度履けるようになる。その変化は、暮らし方が変わった証拠なのかもしれない。
来年の4月1日には、どんな数字になっているだろうか。そう思いながら、今朝も変わらずダンベルを握った。
桜は満開だけれど、みぞれが降ってきた。
昨日は車でクーラーをかけ、今日は暖房だ。
春というのは、前に進んでいるのか戻っているのか、よく分からない季節だ。
それでも昨日は、ツバメのツガイが会社のテラスに巣作りの下見に来ていた。
人間の体感よりも、季節の方が少し先を歩いているように感じる。
車のエアコンがクーラーに切り替わるころになると、もう夏の入り口に立っているのだろう。
そういえば最近、家庭用エアコンの「2027年問題」という話を耳にした。
冷媒ガスの切り替えに伴って、エアコンの価格は2割ほど上がるとも言われている。
それなら今のうちに買った方がいいのかと思うが、新しい機種は省エネ性能も上がっていて、14畳タイプなら年間で12,000円ほど電気代が安くなるという話もある。
つまり、早く買うのが得なのか、待った方が得なのかは、その家の使い方次第ということになる。
エアコンの話はさておき、
会社のスタッフのことを考えると、最近は冬よりも夏の方が怖いと感じるようになった。
好きだった春なんだけれど、夏が重すぎる。
実家の母から電話があった。
50年以上飼い続けている亀を、お寺に許可をいただいてお寺の池に放そうと思う。だから別れを言いに来なさい、という。
その亀は、母が嫁に来る前から家にいた。
祖父が世話をし、その後は80代になった父が世話を続けてきた亀である。
子どもの頃、祖父に「この亀はどうしたの?」と聞いたことがある。
祖父は「海で捕まえてきた」と言った。私は長い間それを信じていたが、大人になってからこの亀が淡水に住むクサガメだと知った。
それでも、50年以上も我が家にいることに変わりはない。
何度も脱走して行方不明になりながら、いつの間にか戻ってきて、毎年卵まで産む。どうやらメスらしい。
放すと聞いたとき、世話もしていないくせに寂しいなとも思ったが、しょうがないなとも感じ、そのまま床についた。
その夜、夢に祖母が出てきた。
祖母と同じ布団に寝ているのだが、祖母は額に汗をかき、苦しそうにしている。やがて空がざわめくようにカラスの群れがやってきて、満月を覆い隠したところで目が覚めた。
祖母の名前は亀恵という。
その名前のこともあってか、この亀は我が家では大事にされてきたところもあるのだと思う。
翌朝、実家へ行き、その夢の話をした。
そして、私が飼ってもいい旨を伝えた。
これからどうなるのか。
冬眠中の亀は知る由もない。