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毎日ブログ

2025/12/09
752/1000 人に磨かれる、という話。   

昔、「ダイヤモンドはダイヤモンドで磨かれる。人も人から磨かれるんだよ」

そんな言葉を教えてもらったことがある。

その時は妙に感動して、「なるほどな」と思った。

あれからもう20年ほど経った。

この半年を振り返ると、まさにその言葉の通りだった気がする。

いろんな人に出会って、いろんなことを言われたり、経験したりして、

そのたびに自分のクセとか、弱さとか、変なプライドとかが浮き彫りになった。

正直、昔の自分はけっこう傲慢だった。

傲慢っていうのは、自分を必要以上に大きく見せたり、

人の意見を聞く余裕がなくなったり、

「まあ当然だろ」みたいな態度をとってしまう、あの感じだ。

今思えば、ただ弱さを隠したかっただけなんだけど。

そんな自分が、ここ半年でちょっとは削られたというか、

角が取れたというか……まあ、磨かれたんだと思う。

先日、その“試験みたいなもの”がやってきた。

別に大げさな話じゃなくて、現実の中に突然やってくる、

逃げられないタイプの出来事だ。

あれが合格だったのか、不合格だったのかは分からない。

もしかしたら10年後になって「あぁ、あれか」と気づくのかもしれない。

ただ一つだけ言えるのは、

どんな時代になっても、人は人によってしか磨かれないということだ。

20年前に聞いた言葉は、やっぱり本当だった。

で、今はこう思う。

その先に何があるのか。

そんなヤボなことは考えるまでもない。


2025/12/07
750/1000 日曜日くらい、ぐうたらしていいらしい   

昨日、妻と焼き鳥屋さんへ行った。

ここは、いつもごみ収集でお世話になっているお客様のお店だ。

妻を連れて行くのは初めてで、前から一度案内したいと思っていた。

とはいえ、最近は日曜日も仕事が続いている。

その“罪滅ぼし”というか、“ご機嫌取り”というか、

まあ、そんな気持ちも正直あった。

カウンターに並んで座ると、話題があっちへこっちへ飛ぶ。

家のこと、子どものこと、どうでもいいようなこと。

私はといえば、弱いお酒をいつも油断して飲んでしまい、

案の定けっこう酔っ払ってしまった。

酔いが回った頃、妻がぽつりと言う。

「日曜日くらい、ぐうたらした方がいいよ。」

これが、私の最も苦手とすることだ。

日曜日も仕事を入れてしまう。

“やるべきこと”を探してしまう。

止まったら倒れる自転車のように、つい動き続けてしまう。

でも、妻の言葉は妙に胸に残った。

ぐうたらすることは、ただのサボりじゃなくて、

気持ちに余白をつくることなのかもしれない。

焼き鳥をつまみながら、

「たまには止まるのも悪くないか」と

ほんの少しだけ思えた夜だった。

今日もまた、つい動き回ってしまいそうだけれど、

妻のあの一言を、しばらくお守りにしてみようと思う。

2025/12/05
748/1000 お歳暮に映る、時代のかたち   

今日のブログは、年中行事のお歳暮配りの話。

先代の頃から続けてきた習慣も、年々その数は少なくなっている。

何より今年は、お歳暮の仕入れ先が二つも無くなった。

店を閉める人の事情も、続けられなくなる背景も、それぞれにあるのだろう。

時代が静かに形を変えていくのを、こういう場面でふと実感する。

正直、「これって本当に意味があるんだろうか」と

胸の奥でつぶやく自分もいる。

効率や合理化だけを考えれば、

真っ先に見直されるべきものなのかもしれない。

それでも先代から受け継いだ“変わらないもの”がある。

年の瀬に「ありがとう」をかたちにするという、不易のこころ。

これは簡単に手放せるものではない。

頂くカレンダーも多く、

やっぱりこういう時間は悪くない、とどこかで思う。

変わっていくもの(易)と

変わらずに持ち続けたいもの(不易)。

そのあいだで揺れながら、

今年もひとつずつお届け中。

2025/12/03
746/1000 焦りの季節に、ひとつずつ   

人生というのはおもしろいもので、重なるときはいろんなことが一気に押し寄せてくる。

けれど本当のところを言えば、どこかで何かが停滞しているから、その“つかえ”が後ろの予定や気持ちまでせき止めてしまうのだろう。

小さな見落としや、後回しにしてきたこと。

あるいは、心のどこかに置き去りにした感情。

そういうものが静かに積み重なって、気づけば焦りや不安が膨らみ、パニックの手前まで追い込まれてしまう。

そんなときに大切なのは、

いま起きている“事実”をどう捉えるか。

ただ、これが難しい。

事実と自分の解釈がごっちゃになり、憶測や思い込みが真実のような顔をして紛れ込む。

それが判断を狂わせ、さらに気持ちを曇らせてしまう。

だからこそ、そんなときはペンを持って書き出すのがいい。

アナログだけれど、ノートに書かれた言葉は不思議と冷静さを取り戻させてくれる。

こんがらがった糸がスルスルと解けていくように、次に取るべき行動が見えてくる。

時は師走。

気持ちばかりが先に走りがちだけれど、こういう時季こそ、一つひとつ。

丁寧に、順番に。

それだけで、また流れは動き始める。

2025/12/01
745/1000 父性を強烈に感じる素晴らしい映画「港のひかり」   

舘ひろし主演『港のひかり』を観てきた。

妻が観たいということで、行ったのだが正直あまり期待していなかった。

しかし、素晴らしい作品で、観終わった後じ〜んと余韻が広がった。

見る前は、「なぜ舘ひろし」という気がしていたのだがは、あの役にまさしくぴったりだった。

時代遅れの任侠道を生き続ける男という役所が舘さん演じる三浦

観終わってから、心の奥にずっと残る“何か”があった。

それが何なのか帰りの車の中で考えていたら、ふと腑に落ちた。

——ああ、三浦の姿に、父を見ていたんだ。

これまでいろんな人に愛情をもらってきたけれど、

一番近くで影響を受けたのはやっぱり父だった。

不器用で、真面目で、弱さを見せず、

誰かのために動くことを当たり前のように生きてきた人。

三浦の不器用な優しさや、人のために生きようとする姿が、

気づけば父の背中と重なっていた。

だからあの絶望のシーンがあんなにも胸に刺さったのだと思う。

映画の大切なテーマのひとつに、

「強さとは、人のために生きること」という言葉があった。

それは映画の登場人物のものでもあり、

同時に、父が生き方で示してきた言葉でもあった。

『港のひかり』は、ただの映画ではなくて、

私の中に静かに眠っていた“父への感謝”を

そっと照らし出すような時間だった。

最近あまり描かれなくなった父性がこの映画にはある。


今年観た映画で一番感動したかもしれない。
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