挨拶をされると、やっぱり嬉しい。
それはきっと、誰にとっても同じだと思う。
朝、すれ違いざまに「おはようございます」と声をかけられるだけで、少しだけ心がほどける。
けれど今日、ふと気づいた。
挨拶の中でも、もう一段階嬉しい瞬間がある。
それは、名前を呼ばれて挨拶をされた時だ。
「おはようございます」ではなく、
「小林さん、おはようございます」と声をかけられる。
その一言に、少しだけ特別な温度が乗る。
自分をちゃんと認識してもらえている感覚。
ただの“そこにいる人”ではなく、“小林という一人”として見てもらえている感覚。
たったそれだけの違いなのに、不思議と心に残る。
今日、そんな挨拶を自然にしている人に出会った。
最初は、「自分だけ名前を呼んでもらえたのかな」と思って、少し嬉しくなった。
けれど様子を見ていると、その人は誰に対しても、当たり前のように名前を添えて声をかけていた。
それが実に自然だった。
わざとらしさもなく、頑張っている感じもない。
ただ、そこにいる人を大切に扱っているだけ、という雰囲気だった。
すごいな、と思った。
同時に、真似したいなとも思った。
仕事でも家庭でも、私たちはつい役割で人を見る。
担当者、作業員、社員、ドライバー。
もちろんそれも必要だが、その前に一人ひとりに名前がある。
名前を呼ぶという行為は、案外エネルギーがいる。
覚える努力もいるし、間違えないように気も遣う。
でも、そのひと手間が、人と人との距離をぐっと縮めるのかもしれない。
考えてみれば、自分の名前を丁寧に呼んでもらった記憶というのは、なぜか長く残る。
逆に、名前を呼ばずに済ませてきた場面も、きっと数えきれないほどある。
挨拶は毎日のこと。
だからこそ、ほんの少しだけ質を変える余地がある。
「おはようございます」に、そっと名前を添える。
それだけで、同じ言葉が少し違う意味を持ち始める気がする。
今日出会ったその人の姿を見ながら、
挨拶とは礼儀である前に、関係をつくる行為なのだと改めて感じた。
明日から、私も少しずつ試してみようと思う。
ぎこちなくてもいい。
名前を呼ぶところから、人との距離をもう一歩だけ近づけてみたい。