私には親友がいる。
大学時代からの友人だ。
たまたま同じ下宿で、二年間を一緒に過ごした。ただそれだけの出会いだった。
もう二十年以上、会っていない。
電話をすることもない。
それでも、たまにLINEが届く。
今回のメッセージは、
「今年いちばん聴いた曲」についてだった。
彼が挙げていたのは、**星野源**の
Eureka だという。
正直に言えば、その曲は知らなかった。
だから、素直に聴いてみた。
これまでの星野源の作品に感じていた
刺々しさや、皮肉さ、
どこか照れ隠しのような寂しさや虚しさとは、
少し違う印象だった。
強い感情が前に出てくるわけでもない。
分かりやすいメッセージがあるわけでもない。
何があるのか、すぐには掴めない。
ただ、とても洗練されていて、
静かで、大人っぽい曲だな、
そんな感想だけが残った。
それで、結論から言えば。
今の私には、刺さらなかった。
昔の星野源のほうがいい、とか、
今の星野源はどうだ、とか、
そういう話ではない。
ただ単純に、
「今の私」には刺さらなかった、
それだけのことだ。
でも、きっと。
彼には、私とは違う刺さり方があったのだろう。
同じ曲を聴いても、
同じ時代を生きていても、
心に引っかかる場所は、人それぞれ違う。
二十年以上会っていなくても、
近況を細かく語り合わなくても、
「今年いちばん聴いた曲」を
ふと思い出して、連絡をくれる関係。
それだけで、
ああ、いい友人を持っているな、
と思う。
そして、きっと、いつか。
私にも彼のように、
この曲が刺さる日が来るのだろう。
そのとき初めて、
私は彼の「今」を知ることになるのかもしれない。
私にとって、親友とはそんな存在だ。
ありがたい。
今、私は顧客データの整理という、ひとつの大きなプロジェクトに向かっている。
正直に言えば、
一円にもならない仕事だ。
当社はごみ処理の仕事をしている。
誰しもがクライアントになり得る仕事で、その分、顧客数はどうしても多くなる。
今回はその中でも、法人顧客に絞った整理だ。
気がつけば、向き合っているのは約20年分のデータだった。
やり方は、相変わらずのストロングスタイル。
PC内のデータ整理なのだから、本来であれば物理的なモノはない。
フォルダを開いて、ファイルを分けて、名前を整えて終わり。
きっとそれが、いちばん効率的なのだと思う。
でも、それではどうにもつまらない。
それに、ひとりで完結してしまう。
整理というのは、本当は
「みんなが関われる」ほうがいい。
そう思って、思い切って
持っているデータをすべてプリントアウトしてみた。
机の上に広がる大量の紙。
それらを一枚一枚手に取り、
紐づいているデータ同士をホチキスで留めていく。
この作業が、思いのほか楽しい。
画面越しに見るデータとは違い、
紙には重さがあり、手触りがあり、存在感がある。
ストロングスタイルを好む私には、
このやり方がいちばんワクワクする。
まずは第一弾、要不要のジャッジ。
もう存在しない会社。
当社との取引がとっくに終わっている会社。
名前を見ても、記憶がまったく蘇らない会社もある。
淡々と、でも確実に仕分けていく。
そして、
仕分け終えた紙を計量してみた。
結果はこうだった。
必要なものが 2.5kg。
不要なものも 2.5kg。
何ギガとか、何メガとかじゃない。
**kg(キログラム)**だ。
この数字を見たとき、
「よくここまで溜め込んだな」と、妙に腑に落ちた。
ここから先は、
中分類をして、最新情報を確認して、
紙のデータは最終的に電子データへと変換されていく。
でも、いきなりデジタルで完結させなかったのは、正解だったと思う。
物理的だと、
手で触れるから判断が早い。
複数人で同時に作業できる。
「これは何だっけ?」という会話が、その場で生まれる。
整理が、
ただの作業ではなく、共有の時間になる。
一円にもならない仕事かもしれない。
けれど、この整理が終わった先には、
これからの仕事を支える確かな土台がある。
昨日は、久しぶりにリユースショップへ、モノを手放しに行ってきた。
ジャケットが一着、ベストが一着、パンツが一着、カットソーが一着。
それに、ワイヤレスイヤホンをひとつ。
10年近く所有していたモノもあれば、昨年買ったばかりのモノもある。
それらをまとめて持ち込み、ほんの少しのお金を受け取った。
正直、持って行くのは手間だ。
けれど、使わないモノを「持っているだけ」という状態が、
私にとってはどうにも気持ちが悪い。
クローゼットにあるのに、
頭の中ではもう何年も使っていないモノ。
そのズレが、知らないうちに小さな罪悪感になる。
少しだけ余白ができたクローゼットを眺める。
その時間が、なんとも爽快だった。
そんな中で、ふと思い出したのが、
来春に着るスプリングコートのことだ。
もう何年も、これを買おうかどうしようか、迷っている。
5年ほど前、一度は手に入れたことがある。
けれど当時の自分には、少し大人っぽすぎた。
鏡の前に立つと、服に着られている感じがして、
結局そのまま返品した。
あれから時間が経った。
体型が大きく変わったわけでもないし、
急におしゃれになったわけでもない。
ただ、年齢を重ねて、
あのコートに自分が追いついてきたように思う。
セールになってたらいいな〜と淡い期待を寄せる。
整理収納アドバイザーとして、十数年活動してきた。
整理の大切さについては、もう嫌というほど分かっている。
それでも――
人のモノを片付けるという仕事は、いつまで経っても難しい。
多くのクライアントは、どこかで「魔法のように解決する」ことを期待している。
来てもらえさえすれば、あっという間に片付き、悩みが消える。
そんなイメージを抱いている方も少なくない。
けれど、整理収納アドバイザーは魔法使いではない。
まず、私は当事者ではない。
そのモノや情報が、
なぜそこにあるのか、
どれほど大切なのか、
それが分からないところから始まる。
フローなのか、ストックなのか。
個人のものなのか、家族や職場で共用しているものなのか。
そこが見えない。
さらに厄介なのは、
モノや情報が、あちこちに散らばっていることだ。
ほとんどの方は、全体像を把握していない。
断片的には分かっているけれど、
それらがどうつながっているのかまでは見えていない。
「なんとなく不安」
「管理できていない気がする」
そんな感覚だけが残っている。
だから私は、
一つひとつ、ほじくり出すように確認していく。
これは要るのか、要らないのか。
どれが重要で、どれがそうでもないのか。
誰が使っているのか。
本当に共有が必要なのか。
ここまでが、ようやく第一段階だ。
そのうえで初めて、
モノや情報を一元管理できるフォーマットをしつらえる。
フローとストックが誰にでも分かるルールを考え、
迷わず戻せる場所を決め、
入れ物を整え、
日々の管理まで含めて設計する。
モノ。
情報。
フロー。
ルール。
入れ物。
そして、日常の運用。
ここまで整って、やっとゴールが見えてくる。
そんなこんなで、
今日一日かけてできあがったのは、たった二枚のフォーマット。
紙にすれば、ほんの二枚。
見た目は地味で、誰でも作れそうに見えるかもしれない。
けれど、その二枚の裏には、
考えた時間と、迷った跡と、
「これなら続くだろうか」という想像が詰まっている。
一日仕事で、成果はフォーマット二枚。
なかなか骨の折れる仕事だ。
それが、整理収納アドバイザーという仕事。
片付ける人ではなく、
「考える土台」をつくる人なのだと思っている。
モノを本当に大切にするとはどういうことだろう。
新品を傷つけないように扱うとか、高い物を大事に使うことだけではない。
私がいちばん大切だと思っているのは、十分に働かせることだ。
もちろん、こき使うという意味ではない。
雑に扱って壊れるまで使い倒すこととも違う。
そのモノの良さを引き出し、役割を果たしてもらうということだ。
十分に働かせるとは、手入れをきちんとし、心を込めて大切にすること。
どこから来たのか、どんな特長があるのか。
そうした由来や良さを理解し、活かそうとする姿勢でもある。
そう考えると、たくさんのモノを持つことは難しい。
ただ所有しているだけでは、十分に働かせるところまではいかないからだ。
私自身、趣味のモノになるとつい危うい。
買ったばかりなのに、もう次は何を買おうかと考えてしまう。
これは「買う」行為が好きなだけで、手に入れる瞬間の高揚感――
いわば一種の麻薬のようなものだろう。
けれど、本当にモノを生かすとは、
オンリーワンの契りをどれだけ結べるかということではないか。
同じような物をいくつも持つのではなく、
「これ」と決めた一つとしっかり向き合うこと。
手入れをしながら、その良さを知り、働いてくれたことに感謝する。
そうやって関係が深まったモノは、
ただの道具ではなく、自分の暮らしや仕事を支えてくれる大切な存在になる。
大切にするとは、そういう向き合い方のことだと思う。