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毎日ブログ

2026/05/16
898/1000  “これ家にもある”を越えていけ  

昨年より始まった古道具レスキュープロジェクトも、気づけば1年が経過した。

走りながら考え、考えながら動いた一年。

やってみたからこそ見えてきた課題も、やはり多い。

 

古道具の“入り口”を担う私たち家財整理業者は、どうしても現場でのスピードが求められる。

限られた時間の中で片付けを進める必要があり、「これは救えるかもしれない」と思っても、一つひとつ丁寧に向き合う余裕が持てない場面も少なくない。

 

一方で、“出口”となる築150年の町家カフェ 古今coconn では、また別の現実も見えてきた。

 

地元の人が古道具を見ると、

「これ、家にもある」

そんな反応になることが意外と多い。

 

もちろん、それは悪いことではない。

むしろ地域に根付いた文化だからこその反応なのだと思う。

 

ただ、面白がってくれる人、価値を“再発見”してくれる人はまだ少数派だ。

ところが、県外やイベントへ持って行くと、不思議なほど売れるものが変わる。

土地が変わるだけで、“ただの古いもの”が“魅力的な一点物”に変わる瞬間があるのだそうだ。

 

そんな中、このプロジェクトに新たな仲間が加わった。

 

起業家の 佐藤大栄 君だ。

 

彼はイタリア家庭料理のカフェを10年経営し、自身も農業生産者。

さらに、廃棄される果物からジュースを製造し、都内で販売する事業まで立ち上げ、今も継続している。

 

“捨てられるもの”に新たな価値を見出し、人に届ける。

その感覚は、古道具レスキューともどこか重なる。

 

しかも彼は、人脈が国内外に広い。

これまで庄内の中だけで考えていた景色が、一気に外へ開いていくような予感がある。

 

レスキューの担い手。

新たな販路。

地域外との接点。

そして、「古いもの」を面白がる視点。

 

古道具レスキュー2年目。

また少し、面白くなってきた。

 

さて、ここからどう変わっていくのか。

私たち自身も、まだ見たことのない景色を楽しみにしている。

2026/05/14
898/1000 アポロ13  

最近、ふとした流れでトムハンクス主演のアポロ13を観た。

きっかけは、マーキュリー計画なんかもあって最近宇宙が熱いからかもしれない。それで人類が初めて宇宙へ挑み始めた頃が気になって、急にアポロ計画を観たくなった。

改めて観ると、この映画は単なる宇宙映画ではない。

国家の威信、冷戦、開拓者精神、現場力、そして時代の熱狂。そういうものが全部詰まっている。

しかし今回、一番驚いたのは別の部分だった。

「この頃のコンピューターって、どれくらいの性能だったんだろう?」

気になって調べてみると、これが本当に驚く。

現在のスマートフォンどころか、今どきの家電以下とも言われるレベル。メモリ容量はわずか数十KB。現代の感覚で言えば、ほとんど電子計算機付き電卓のような世界だ。

それなのに、人類は月へ行った。

しかも当時は、今のようにコンピューター任せではない。

最後は人間が判断し、人間が計算し、人間が責任を負っていた。

映画の中で、地上スタッフたちが紙を広げ、必死に計算しているシーンがある。あれは演出ではなく、本当にああいう世界だったらしい。

今はスマホ一台で世界中と繋がり、AIが文章を書き、自動運転まで現実になろうとしている時代だ。しかし、半世紀以上前の人たちは、今より遥かに不便な環境で宇宙へ向かっていた。

しかも、その頃には既にアポロ計画そのものが“当たり前”になり始めていたというのだから面白い。アポロ11号で世界中が熱狂した月面着陸も、13号の頃にはテレビ中継が打ち切られるほど関心が薄れていたらしい。

未来は、慣れる。

どれほど凄い技術も、日常になれば景色になる。

でも、景色になったものの中にこそ、本当はとんでもない努力や挑戦が隠れているのかもしれない。

そう考えると、アポロ13号という物語は、宇宙の話でありながら、人間の話なのだと思う。

限られた技術。

限られた資源。

失敗が許されない状況。

その中で、「必ず帰す」と決めた人たちの執念。

あれはきっと、宇宙開発というより、“人間の底力”を映した映画なのだ。

2026/05/12
896/1000 ルールは削るといいものができそう   

新しい社内ルールを作っている。

これがなかなか難しい。

最初はシンプルに考えていたはずなのに、考えれば考えるほど要素が増えていく。

「この場合はどうする?」

「例外が出たら?」

「こういうケースもあるよね」

現場を知れば知るほど、細かな視点が増えていく。

それは真剣に考えている証拠でもある。

しかし、全部を盛り込もうとすると、“守ることが難しいルール”になってしまう。

分厚い説明書のようなルール。

読まれないルール。

存在はしていても、現場で機能しないルール。

これでは意味がない。

だから今回は、思い切って要素を絞ることにした。

あれもこれも入れたくなる気持ちを抑えて、「このルールは何のためにあるのか」という目的に立ち返る。

安全のためなのか。

働きやすくするためなのか。

判断基準を揃えるためなのか。

軸足を定めると、不思議と余計なものが見えてくる。

もちろん、細かく決めれば安心感はある。

けれど、本当に強いルールは、やはり“分かりやすい”ものだと思う。

迷った時に立ち返れる。

誰でも判断できる。

続けられる。

完璧なルールは最初から作れない。

運用しながら修正し、育てていくものなのだろう。

だからこそ、まずはシンプルに始める。

それは手抜きではなく、本質を掴もうとする作業だ。

今回、目的に合わせて要素をできるだけ絞った。

きっと、いいものができる。

2026/05/10
894/1000 ビートルズを聴くと不良になると言われていた世代に一言   

今日は実家に母を訪ねて行った。

会社のスタッフから孟宗をいただき、それを届けに行ったのである。

この時期、こちら庄内では孟宗竹を食べる習慣がある。

味噌仕立てに酒粕を入れ、豚肉と油揚げを合わせた「孟宗汁」は、春から初夏へ向かう季節の味だ。

 

そしてこの時期になると、スーパーから油揚げが消えるほど。

それくらい庄内の家庭では、一斉に孟宗汁が始まるのである。

 

…とはいえ、今回の実家訪問には、もう一つ大きな目的があった。

母の自動車とスマホを連携する設定作業である。

 

母と電子機器の軋轢は、もう20年以上続いている。

Windows XP時代のパソコン設定、インターネット接続、Wi-Fi設定、年賀状ソフトの住所録移行…。

その度に「ちょっと見てくれ」と呼ばれてきた。

 

スマートフォンになってからは、電話が鳴っても出られない。

理由を見ていると、スワイプ操作なのに、昔の固定電話のように“強く押して”いるのである。

押さなくていい、滑らせるだけでいい。

しかし、その感覚がなかなか難しい。

 

そんな母に話した。

 

「これから20年生きるとして、スマホとかタブレットとか使えたら、人生きっと楽しくなると思うよ。AIなんかも使ってみたら?」

 

すると母は少し警戒した顔でこう言った。

 

「AIは危険だって言ってたけれど…」

 

そこで私は思わず笑ってしまった。

 

「ビートルズを聴くと不良になる、って言われてた世代でしょう? それと今の、同じだよ」

 

新しいものが出てくるたび、人は少し怖がる。

テレビも、ゲームも、インターネットも、スマホも、全部そうだったのだと思う。

 

しかし今や、コンサートのチケットもスマホがなければ取れない時代。

飛行機に乗るにも、予約確認にも、QRコードにもスマホ。

便利というより、“社会の入り口”そのものがスマホの中に移り始めている。

 

もちろん、ついていけない人を切り捨てるような社会でいいとは思わない。

ただ、だからこそ少しずつでも触れておくことで、世界はずいぶん広がるのだろうとも思う。

 

母は「難しいのぉ」と言いながら、車のモニターを何度も触っていた。

その姿はどこか、新しい時代に恐る恐る手を伸ばしているようにも見えた。

 

昔、ビートルズを怖がっていた世代が、今では普通にスマホでYouTubeを観ている。

そう考えると、人間というのは案外、ちゃんと時代に追いついていく生き物なのかもしれない。


2026/05/09
892/1000 ラン活に思う。   

「ラン活」という言葉を聞いて、最初は何のことかと思った。

調べてみると、「ランドセルを選ぶ活動」の略らしい。

今のランドセルは6万円台が売れ筋。

AIが6年生の姿を予測し、似合う色まで提案してくれるというから驚く。

 

ただ、これだけ大切に選ぶからこそ、

卒業後に捨てるのが忍びない。

 

実際、片付けの現場でも、

押し入れの奥に残されたランドセルをよく見かける。

あれはモノというより、子供時代の記憶なのだと思う。

 

だからこそ、

売る側が最初から、

 

「回収します」

「リメイクできます」

「次の子へ繋げます」

 

そんな仕組みまで組み込んでくれるとありがたい。

 

“売って終わり”ではなく、

“使い終わった後まで含めて商品”。

 

そんな時代になっていくのかもしれない。

 

まあ、我が家ではもう、

ランドセル選びの心配はないのだけれど。