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毎日ブログ

2026/09/26

本日は、毎月恒例の「庄内お片づけ部」の例会でした。

 

庄内お片づけ部は、庄内で活動する整理収納アドバイザーを中心とした集まり。私もメンバーの一人として参加しています。

 

そんな庄内お片づけ部も、今年で5周年を迎えます。

 

「せっかくだから、何かささやかにお祝いしたいね」

 

ということで、今日の例会では5周年のお祝いについて、みんなであれこれ話し合いました。

 

5年というと、長いような短いような。

 

振り返ってみると、毎月こうして集まって、それぞれの活動について話したり、情報交換をしたり、ときにはイベントを企画したり。仕事や立場はそれぞれ違いますが、「片づけ」という共通点でつながりながら、ここまで続いてきました。

 

何かを始めることには勢いが必要ですが、続けることにはまた違った力が必要です。

 

誰か一人が頑張るのではなく、それぞれができる時に、できることを持ち寄る。

 

そんな緩やかなつながりだったからこそ、5年間続いてきたのかもしれません。

 

片づけは、単にモノを減らしたり、きれいに並べたりすることだけではありません。

 

暮らしを整えたり、気持ちを軽くしたり、ときには人生の節目を支えたりするものでもあります。

 

これからも庄内で、そんな「片づけの力」を伝えていけたらと思います。

 

まずは5周年。

 

みんなでささやかに、でも楽しく、お祝いしたいと思います。

2026/09/24

明日9月25日は中秋の名月。

 

夜空を見上げると、きれいな月が浮かんでいました。

 

月を眺めながら、ふと思い出した言葉があります。

 

「人は短所で愛され、長所で尊敬される」

 

日本一の投資家とも呼ばれた竹田和平さんの言葉です。

 

なんとも味わい深い言葉だなと思います。

 

仕事ができる。

決断力がある。

頭がいい。

行動力がある。

 

そんな長所を持つ人を見ると、「すごい人だな」と尊敬します。

 

でも、それだけではなかなか人との距離は縮まらないのかもしれません。

 

ちょっと抜けている。

妙なところで頑固。

話が長い。

方向音痴。

意外と小心者。

 

そんなところが見えた瞬間に、なんだかその人が身近に感じられたりする。

 

「ああ、この人にもこんなところがあるんだな」と。

 

考えてみれば、長所と短所というのも、表裏一体です。

 

頑固な人は、信念が強い人かもしれない。

心配性な人は、慎重な人かもしれない。

おせっかいな人は、人への関心が深い人なのかもしれない。

 

見る方向を少し変えれば、短所だと思っていたものが、その人らしさだったりします。

 

日本人には、完全なものよりも、少し欠けたものや不揃いなものに美しさを感じる感覚があるともいいます。

 

満開の桜だけでなく、散っていく桜にも心を動かされる。

 

月も、真ん丸だから美しいとは限らない。

 

少し欠けているからこそ、なんとも言えない風情がある。

 

人間も同じなのかもしれません。

 

若い頃は、自分の短所を直したいと思うことが多かったように思います。

 

でも、年齢を重ねてくると、全部直さなくてもいいんじゃないかと思うようになりました。

 

もちろん、人に迷惑をかけるところは直した方がいい。

 

でも、自分の「ちょっと欠けたところ」まで、無理に真ん丸にしなくてもいい。

 

人は長所で尊敬され、短所で愛される。

 

そう考えると、自分にも人にも、少し優しくなれる気がします。

 

月も人も、少し欠けているくらいが、いいのかもしれません。

2026/09/22

家族でバンドを組もうという話が、いよいよ形になってきた。

 

最初の一曲は、椎名林檎さんの「丸の内サディスティック」。息子がギター、娘がベース。ドラムはひとまずリズムマシンに任せ、私は鍵盤ハーモニカで加わることにした。

 

娘はベースを始めて、まだ一日目。それでも曲を聴きながら、ベースラインをなんとかなぞっている。弾けるようになるまで待とう、ではなく、今できるところから一緒にやってみる。それが家族バンドのいいところかもしれない。

 

さっそく3人で音を合わせてみた。息子のギターが鳴り、娘のベースが続き、そこに私も鍵盤ハーモニカで入る。リズムマシンが一定のテンポを刻んでくれるので、止まっても、また途中から始められる。

 

楽しかった。

 

誰かに聴かせるための演奏ではないし、うまく弾けたかどうかも、今はそれほど気にならない。同じ曲を聴いて、それぞれが自分の音を出す。普段の会話とはまた違う形で、家族と一緒に何かをしている感じがした。

 

そして私は、ドラムにも少し興味が出てきた。今はリズムマシンが担当しているけれど、そこに私が座ったらどうなるだろう。50の手習いでドラムに挑戦するのも面白い。家族と一緒に演奏したいという、はっきりした理由もある。

 

曲が決まって、パートが決まって、実際に音を合わせた。いつかやってみたいと思っていたことは、もう始まっている。次に合わせるとき、娘のベースはどこまで弾けるようになっているだろう。私も鍵盤ハーモニカで、もう少し気の利いた音を入れられるだろうか。

 

そんなふうに、次が楽しみになる一曲目だった。

2026/09/20
20/100 所有の意味を考える   

バイクを手放して4年がたった。

もう十分に乗ったと思っていたし、バイクのない生活にも慣れていた。

ところが最近、突然バイク熱が戻ってきた。

動画でエンジン音を聞き、ローンの計算をしてみたり、まだ買ってもいないのに、ヘルメットやジャケットのコーデまで考えている。

18歳で免許を取った頃、バイクはまず「足」だった。友人とのコミュニケーションツールであり、純粋に走ることが楽しかった。社会人になってからは旅の相棒となり、30代、40代では理想の自分を映す存在になった。

しかし、購入が現実的になると、ふと思った。

私は本当にバイクを「所有」したいのだろうか。

持てば、置き場所が必要になる。保険、税金、車検、メンテナンスもある。乗らなければ「せっかく買ったのに」と気になり始める。

モノを所有することは、その管理も引き受けることだ。

片付けのプロとして考えれば、欲しいのはモノではなく、その先にある体験かもしれない。

風を受けて走る時間。日常から少し離れる感覚。そして「俺は俺を楽しんでいる」と思える自分。

それならレンタルでいい。乗りたい日に、乗りたいバイクを借りればいい。

実に合理的な結論である。

ところが、やはり所有することにも価値がある。

いつでも乗れる。眺められる。手入れをし、自分仕様にしていける。一緒に過ごした時間が、その一台だけの思い出になっていく。

所有とは、単に手元に置くことではなく、そのモノとの関係を育てることでもある。

バイクは、理性だけで考えれば持たない方がいい。それでもエンジンの音や振動、自分で操る感覚が、理性をすり抜けてくる。

4年間、なくても困らなかった。それなのに、またこれほど心が動いている。

欲しいのは、走る体験なのか。

それとも、手間まで引き受けて一緒に時間を重ねたい一台なのか。

答えは、まだ分からない。

ということで、まずはレンタルから。

返すときに「楽しかった」と思うのか、「返したくない」と思うのか。

そこで、本当の答えが出るような気がしている。

2026/09/18

今日は、取引企業の代表を務められた方のお別れ会に参列してきた。

事前にいただいた案内には、ドレスコードについてこう記されていた。

「クールビズでお越しください」

お別れ会でクールビズ。

さて、どうしよう。

おそらく多くの方は喪服で来るだろう。

そんな予想はしていた。

実際、会場に着いてみれば、90%以上の方が完璧な喪服だった。

私も、いつもなら喪服を選ぶ。

それが一番間違いがない。

誰から見ても失礼がなく、何より自分自身が安心できる。

でも今回は、少しだけ冒険してみた。

ダークネイビーのセットアップに白いシャツ。

そして同じくダークネイビーのタイ。

もちろん、悪目立ちしたいわけではない。

人と違う格好をして、何かを主張したいわけでもない。

ただ、何も考えずに「お別れ会だから喪服」とするのではなく、案内にわざわざ書かれていた「クールビズで」という言葉について、一度考えてみたかった。

そして、考えたうえで今日この場所に来た、という自分なりの意思を示したかったのだと思う。

それにしても、なぜ90%以上の人が喪服だったのだろう。

もちろん、大切な方を見送る場である。

失礼のない格好をしたいという気持ちはよく分かる。

私だって、いつもならそうする。

でも、だからこそ少し考えた。

私たちは「こうしてください」と言われたことよりも、「普通はこうするものだ」というものを、ずっと強く信じているのかもしれない。

そして、その方が安心なのだ。

周りと同じなら間違いがない。

誰かから何かを言われることもない。

考えなくても、正解らしきものが用意されている。

でも、それを繰り返していると、いつの間にか「なぜそうするのか」を考えなくなってしまうのかもしれない。

これは服装に限った話ではない。

仕事でも同じだと思う。

「昔からこうしているから」

「みんながそうしているから」

「普通はこうだから」

それは、とても便利な言葉だ。

だけど、ときには立ち止まって、

「なぜ?」

と考えてみる。

そして、自分なりの答えを出してみる。

その答えが、周りと同じでもいい。

違っていてもいい。

大切なのは、違うことではなく、考えたことなのだと思う。

今日の私の服装が正解だったのかは分からない。

でも、案内を読み、故人を送る場について考え、自分なりに選んだ。

たかが服装。

でも私にとっては、ちょっとした冒険だった。