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毎日ブログ

2026/06/25
938/1000 デザインは「なぜ」から始まる   

今日は、「デザイン的発想力 次の一手を引き出す みんなのデザイン」というワークショップに参加してきた。

デザインというと、これまでは見栄えを良くしたり、色や形を整えたりすることだと思っていた。

しかし、今回参加してそのイメージは大きく変わった。

デザインとは、単に美しく見せる技術ではなく、課題を見つけ、より良い未来をつくるための考え方だったのである。

特に印象に残ったのが、「Why・How・What」という考え方だ。

何かを始めるとき、多くの人は「何をするか(What)」から考えがちである。

しかし、本当に大切なのは、その前にある「なぜ(Why)」だ。

なぜ、それをするのか。

誰のためにするのか。

どんな未来を目指しているのか。

その目的がはっきりすると、「どう実現するか(How)」という考え方や行動が決まり、最後に「何をするか(What)」という具体的な取り組みへとつながっていく。

これは仕事だけの話ではない。

何か新しいことを始めるときも、行き詰まったときも、「何をすればいいのだろう」と考える前に、「なぜ始めたのか」と自分に問いかけてみる。

すると、不思議と次の一手が見えてくることがある。

デザインとは、形を整えることではない。

目的を明確にし、未来への道筋を描くことなのだ。

今日のワークショップは、デザインに対するイメージを大きく変えてくれた一日だった。今後は「何をするか」だけではなく、「なぜするのか」を意識しながら、物事に向き合っていきたい。


2026/06/23
936/1000 心の矢印   

気持ちの切り替えというのは簡単ではない。

失敗した時はもちろん、腹が立った時や嫌なことがあった時も、私たちの心はその出来事に縛られてしまう。

一度噛んだアナウンサーが続けて噛んでしまうことがあるという。

気持ちが乱れたというより、心の矢印が「今伝えること」ではなく、「失敗した自分」に向いてしまうからなのかもしれない。

これは私たちの日常でも同じだ。

失敗をした時は、

「なぜあんなことをしたのだろう」

「もっと上手くできたはずだ」

と考える。

腹が立った時は、

「なぜあんな言い方をするのだろう」

「自分は悪くない」

「相手が間違っている」

と考える。

不安な時は、

「もし失敗したらどうしよう」

「どう思われるだろう」

と考える。

どれも違う感情のように見えるが、共通していることが一つある。

心の矢印が自分に向いているということだ。

だから失敗を挽回しようとして空回りする。

だから余計なことを言ってしまう。

だから相手を責め続けてしまう。

気持ちの切り替えで大切なのは、まずその状態に気づくことだと思う。

今、自分は引きずっているな。

今、自分は腹を立てているな。

今、自分は心の矢印が自分に向いているな。

まるで鏡を見るように、自分自身を少し離れたところから眺めてみる。

そしてもう一つ大切なのが、「今ここ」を意識することだ。

過去は変えられない。

未来もまだ存在しない。

あるのは今この瞬間だけである。

目の前の仕事に集中する。

目の前の人の話を聞く。

次の一手を丁寧に打つ。

そうやって心の矢印を「今ここ」へ向け直していく。

すると不思議なことに、気持ちは少しずつ整理されていく。

気持ちの切り替えとは、感情を無理に変えることではない。

自分の状態に気づき、心の矢印を「今ここ」へ向け直すこと。

きっと、そういうことなのだと思う。


2026/06/21
934/1000 黒い服と紺の服   

気が変わる時というのがあると思う。

最近、そんな感覚がある。

急に講演依頼が入ったり、手相を見てあげると言われたりする。なぜか明るい色の服にも目が行くようになった。

そんな中、久しぶりに催燎平氏の『運の本質』を読み返してみた。

そこには「なりたい自分を手に入れるための6つの習慣」が紹介されており、その第一に「明るい色の服を着る」とあった。

催氏は開運アドバイザーとして多くの相談者に接する中で、人生のトラブルを抱えた人の多くが黒っぽい服を着ていたことに気づいたという。

もちろん、黒い服が悪いわけではない。

私も黒は好きだ。

時計も靴も合わせやすいし、引き締まって見える。失敗も少ない。

しかし、今回この本を読みながら、自分が黒を選ぶ時の気持ちを少し振り返ってみた。

すると、そこにはどこか「鎧」のようなものがあった気がする。

話しかけられたくない。

弱みを見せたくない。

強く見られたい。

威厳を持っていたい。

つまり私は、完全無欠を装っていたのかもしれない。

立場もあるのだろう。迷いや弱さを見せず、いつも答えを持っていなければならないとも思っていた。

 

一方で、先日ネイビーのサマーカーディガンを選んだ。

正直、少し冒険だった。

ブラックほど万能ではない。ネットで買うので、画面からはやはり濃淡が分からないし、

合わせ方が複雑になる可能性をはらんでいる。

 

黒が「失敗しない選択」だとしたら、ネイビーは「可能性を選ぶ選択」かもしれない。

完璧でなくてもいい。

迷いながらでもいい。

それでも前に進めばいい。

そんな気持ちが以前より強くなっている気がする。

運が変わったのか、自分が変わったのかは分からない。

ただ、最近の出来事を振り返ると、少し流れが変わってきているような気がする。


2026/06/19
932/1000 商品よりもおばちゃんの顔   

末娘がコンビニでアルバイトを始めた。

高校生になって少し積極的になったように感じる。学校とは違う世界で、多くの人と接しながら働いている姿を見ると、親としてもうれしい。

先日、仕事の様子を聞いてみた。

「一番売れる商品は何?」

「タバコ。」

これはなんとなく予想がついた。

「じゃあ、一番驚いたことは?」

「葉巻をカットする工具だけ買って帰った人がいた。」

思わず笑ってしまった。世の中にはいろいろな人がいるものだ。

そんな話を聞きながら、ふと思い出した。

私が18歳の頃、この町にはまだコンビニがなかった。都会へ行った時、住宅街の中にまでコンビニがあり、夜でも明るく営業していることに驚いた記憶がある。

そしてさらに思い出すのは、子どもの頃に通った近所のタバコ屋兼駄菓子屋だ。

100円玉を握りしめて店へ向かう。10円のうまい棒、20円のガム、30円のチョコ。限られたお小遣いの中で、どれを買おうか真剣に悩んだ。

今思えば、あの店に通っていた理由はお菓子だけではなかった。

そこにはいつもおばちゃんがいた。

「学校終わったのか」

「今日は何買うんだ」

そんな何気ない会話を交わしながら、子どもたちは店に集まった。

だから私は、あの店の商品よりもおばちゃんの顔を覚えている。

一方で、娘の働くコンビニでは勤務中のマスク着用がルールだという。知っている人が来店しても気付かないことがほとんどらしい。

実際、私もコンビニ店員さんの顔を思い出せない。まるで街ですれ違う人たちのようだ。

便利で効率的な社会になった。欲しいものはいつでも手に入り、レジで長話をする必要もない。

けれど、駄菓子屋には商品だけではない何かがあったように思う。商品を買いに行っていたはずなのに、人に会いに行っていた部分もあったのかもしれない。

もちろん、どちらが良い悪いではない。時代が変わったのだ。

今となっては何を買ったかはほとんど覚えていない。それでも、おばちゃんの笑顔だけはなぜか今でもはっきり思い出せる。

もう10年もしたら、娘もコンビニでアルバイトをした頃の話を昔話として語るのだろう。

「昔はコンビニのレジにも人がいたんだよ」

そんな時代が来るのかもしれない。


2026/06/17
930/1000 物を活かせる自分になる   

今日は、山形県倫理法人会女性委員会主催のお片づけ講座で講師を務めた。

久しぶりのお片づけ講座である。

 

持ち時間は60分。限られた時間の中で、どうすれば参加者の皆さんに「片づけられる自分」で帰っていただけるか。そのことを考えながらお話しさせていただいた。

お片づけというと、「何を捨てるか」に意識が向きがちである。しかし、本当に大切なのは「何を残すか」、そして「どう活かすか」ではないだろうか。

 

物にはそれぞれ役割がある。

ハサミは切るために、本は読まれるために、服は着られるために存在している。

それなのに、引き出しの奥や押し入れの中で眠ったままになっている物も少なくない。

 

物が悪いわけではない。その物を活かしきれていない自分との関係に課題があるのである。

人にも適材適所があるように、物にも居場所がある。

必要な場所に置かれ、必要な時に使われることで、物は初めてその価値を発揮する。

 

だから、お片づけとは単なる整理整頓ではない。

物と向き合い、物との関係を見直し、物を活かせる自分になるための取り組みなのである。

そして不思議なことに、物を活かせるようになると、時間の使い方も、人との関わり方も少しずつ変わってくる。

 

久しぶりの講座だったが、改めてお片づけの原点を思い出させてもらった。

物を活かせる自分になる。

それは、よりよく生きるための第一歩なのだ。