習字を習いはじめて一年半。
やっとのことで、初段に合格した。
初段になると、小学生に教えることができるらしい。
そう聞くと立派に思えるけれど、私の実感は少し違っていた。
スタートというより、「入口に立った」という感覚だった。
やればやるほど、難しくなる。
書道とは、そういうものだった。
始めた頃は、うまく書けないことしか見えていなかった。
形が取れない。止まらない。流れない。
それが最近は、悪いところも、良いところも、少しずつ見えるようになってきた。
線の入り。
止めの甘さ。
重心のズレ。
呼吸の乱れ。
そして同時に、
「あ、今の一本は悪くない」
そう思える瞬間も、ごくたまに現れるようになっていた。
その裏には、いつも先生の言葉があった。
「そこ、急がない」
「いまの線、力が前に出すぎ」
筆を持つと、頭の中で先生の声がループする。
できない自分に何度も向き合いながら、
それでも毎回、線の置き方を示してくれた。
直すべきところも、良くなったところも、きちんと言葉にしてくれた。
根気よく指導してくれた先生には、感謝しかない。
書道には、はっきりしたルールがあった。
手本どおりに書くこと。
自分の解釈はいらない。
徹底的に真似る。
考えなくていい。表現しなくていい。
ただ目の前の一字と向き合う。
無心になれる時間だった。
けれど、漢字は不思議な存在でもあった。
音があり、意味があり、浮かぶ情景がある。
しかも一字で完結せず、隣の字と支え合って世界をつくる。
私はいつからか、良い字はパズルのピースに似ていると思うようになっていた。
凸があるから凹が活きる。
強い線があるから、弱い線が映える。
動きがあるから、静けさが立ち上がる。
ときどき思う。
手本の文字を書いた人と、語り合ってみたいと。
この一字に、どんな気持ちを込めたのか。