来月、いよいよ中学の卒業式を迎える娘。
その式で歌われる合唱曲の伴奏オーディションが先日あった。
娘が手を挙げたのは「大地讃頌」。
誰もが一度は歌ったことのある、あの力強い合唱曲だ。
半年以上、この曲を念頭に練習してきた。
家のアップライトピアノの前に座る背中を、私は何度も見てきた。
夜も、休日も、同じフレーズを繰り返し弾く音が、家の空気の一部になっていた。
オーディション後の感想は「まあまあ」。
娘の「まあまあ」は、だいたい「かなり良い」の意味だ。
けれど先生は、感情を前面に出すタイプの演奏を好むらしい。
結果は、落選。
小林家の人々は、どうも主役より脇役を好む。
クレジットに大きく名前が出るより、全体を支える立場に安心する。
娘の伴奏も、まさにそうだった。
「伴奏は主役じゃないから」
そう言って、歌を引き立てる構成を選んでいた。
でも同時に、
「だから評価されないのかも」とも。
私は本心からこう言った。
「伴奏に徹するの、かっこいいと思うよ」
本当にそう思う。
支える力は、簡単には身につかない。
けれど大人になった今、もうひとつ感じる。
主役を張る場面も、人生には必要だということ。
脇役に徹する強さを知っている人が、
いつか主役に立ったら、きっと深い。
卒業式の舞台には立てなかったけれど、
娘の半年間は消えない。
娘がいつか、自分の意志で中央に立つ日を、
私はそっと見守りたい。