昨日はバレンタイン。
末の娘がキッチンを占領している。
毎年この時期は姉たちと取り合いだったが、今は独壇場。湯せんの音と甘い匂いが家に広がる。
「板チョコ買ってきて」
コンビニで値札を見て、少し立ち止まった。
一枚200円越え。
私の記憶ではなぜか108円。
物価は上がると聞いているが、自分の中の基準はなかなか更新されない。
たとえば、英国の名門 Crockett & Jones の革靴。
昔は6万円台だったモデルが、今は10万円を超える。
良い靴だと分かっている。
似合うだろうとも思う。
それでも、昔の値段を知っている身としては――
流石に手が出ない。
だから中古市場がにぎわうのかもしれない。
“記憶の価格”に近いから。
そんなことを考えている横で、娘はチョコを刻み、溶かし、流し込む。
無言で、黙々と。
そこへ妻がひと言。
「買ったのそのままやったら?」
きっとキッチンの掃除のことについて考えているであろう妻は
実にドライだ。
娘は聞こえないふりをして、また混ぜる。
そして息子。
ワイヤレスイヤホンを装着し、別世界。
私の世代でバレンタインといえば、「もしかして」みたいな妄想をチラッとでもしたものだが、
現代の男子は興味がないのか、何を話しても、会話にはならない。
甘い匂いのキッチン。
値段に引っかかる父。
現実的な母。
自分の世界にいる息子。
同じ家の中で、それぞれが違う温度でこの日を過ごしている。
そんな日々ももう数年で無くなるのかと思うと寂しさが漂った。