子供との接し方というのは、思春期ともなればなかなか難しい。
昨日、妻と末の娘が何やら言い争いをしていた。
どうしたのと妻に聞くと、娘は
「お父さんには言わないで」
と言っていたそうだ。
理由は分からない。
分からないのだけれど私は、
「娘のいいようにしてやれば?」と伝えた。
すると妻は少し考えてから、
「私もあの頃そうだったな〜」と頷いていた。
親子の関係で「子供に寄り添ってください」という言葉は、人生相談などでよく目にする。
けれど寄り添うというのは、案外むずかしい。
子供を信じること。
子供を自分のものだと思わないこと。
寄り添うというのは自分ではそういうことなのかなと思った。
しかしやってみると中々勇気がいる。
全部を知ろうとしないことも、たぶん大事なのだと思う。
信じるというのは、そばに置いておくことではなく、
手放すという感覚に近いのかもしれない。
エアコンの取り外しの依頼があって行ってきた。
90代ぐらいのおばあちゃんの住むマンションだ。予定を覚えていてくれるか心配だったが、エアコンの下に脚立まで構えていてくれた。
入ると対面キッチンのダイニング側に、仏壇が置かれていた。ご主人に先立たれたのだろうということが自然と伝わってきた。
エアコンはガスを回収するために電源を入れる必要があるので、「リモコンありますか?」と聞くと、「これかしら」と差し出されたのは、なぜか爪切りだった。
「あ〜ちょっと違うかな〜」と言って、本体のスイッチで強制運転をかけてガスを回収する。
作業の間、いろいろなお話をした。
買い物はどうされていますか?と聞くと、「近くのスーパーまで歩いて行ってるの。健康のためにね」と教えてくれた。
なんとかんく、持ち物や所作で現役の頃の職業を推測してしまうのが悪い癖で、先生ぽいなと思い、先生をされていましたか?と聞いてみると、
「隣町の役場に勤めてました」とのことだった。
あの役場は新しくなりましたが、行かれましたか?と聞くと、「この前、娘に連れていってもらって見てきたの、だいぶ変わってたね〜」と少しうれしそうに話してくれた。
そして最後に、しっかり作業料金は値切られた。
この方の人生の数万分の1の時間を共有して、人生のほんの一部だけれどを伺うことができた。
昨日、「侍タイムスリッパー」を観た。幕末の会津藩士が140年後の現代に現れるという物語だが、印象に残ったのは刀でも戦いでもなく、ひとつの静かな所作だった。
どうでもいいようなワンシーンだが、混乱の中でも彼は布団をきちんと畳んでその場を後にする。
ほんの短い場面なのに、「武士とはこういうものだ」と自然に思わせる力があった。もちろんフィクションなのだけれど、不思議と納得してしまう。きっと武士ならそうするのだろう、と。
実は私は朝の布団を畳むかどうかで、妻によく注意される。どうせ私がもう一度畳むのだから、そのままでいいと言われるのだ。合理的に考えればその通りである。
けれど今朝は違った。映画の余韻のまま、きっちり畳んでから出社した。
すると不思議なもので、気持ちが整う。
布団を畳むというのは効率の問題ではなく、「後始末」なのだと思う。自分がいた場所を整えて去るという、小さな区切りのようなものだ。
私たちの仕事もまた後始末に関わっている。暮らしのあとを整え、時間の痕跡を整え、人の営みを次へ渡していく仕事だ。
整えて去る。
それだけのことなのに、そこには確かな気持ちよさがある。
鶴岡公園の梅が咲いていた。
やっと春だな、という実感がある。
「明けない夜はない」という言葉がある。けれどそれに対して、「明けない夜もある」という少し意地の悪いような言葉もあるらしい。
どちらも本当なのだと思う。
人生には、簡単には明けたと言えない夜もある。そうは言っても、明けたあとで振り返ってみれば、あれは夜だったのだなと思うこともある。
明けても、もしかして明けなくても、大切なのは希望を持つことなのだと思う。そういう気持ちになれない時もあるし、絶望しているような時もある。
それでも希望を持とうとする。
持てなくても、持とうとする。
その姿勢そのものが、生きるということなのではないかと思う。
私の五十年の人生で得た知見として、「ずっと続くことはない」ということがある。良いことも続かないし、悪いことも続かない。そもそも良いか悪いかさえ、長い目で見なければわからないことも多い。
永遠というものはない。
鶴岡公園の梅が咲いていた。
やはり春は来るのだ。
昨日、49歳になった。
魚座と牡羊座の分岐点に生まれているせいか、自分にはどこか二面性があるような気がしている。
考え込む自分と、動き出す自分。慎重さと勢い。
そのどちらも確かに自分の中にあるように思う。
もっとも、そんなことを言ってみても、バカであることには変わりがないのだけれど。
けれど最近は、それでいいのだと思うようになった。
むしろこれからは、もっとバカでなければならないのではないかと感じている。
分かったつもりにならないこと。
偉くなった気にならないこと。
人の話をきちんと聞くこと。
そして、新しいことに素直に驚けること。
そういう意味での「バカ」でいたいと思う。
悪くしたい人なんて、いない。
誰だって、良くしようと思って動いている。
けれど、結果として悪くなっていることがある。
丁寧にやったはずなのに。
考え抜いたはずなのに。
それでも、なぜか噛み合わない。
そんな時に必要なのは、「もっと頑張ること」ではなくて、「今を正しく見ること」なのかもしれない。
洋服で、いつもお世話になっているブランドがある。
ECサイトを中心に展開しているところだ。
販売されているプロダクトは、どれもかなり完成されている。
ベーシックなセットアップが多く、シルエットも素材も、細部の作り込みも申し分ない。
それでも、そのブランドは毎年のように改良を加えてくる。
ほんのわずかな違いかもしれない。
けれど、その小さな更新が、確実に「今」に合った一着を生み出している。
このスピード感と企画力。
そして何より、「今を直視する力」。
これが、本当にすごい。
世界も変化し、
人もまた、少しずつ変わっていく。
そしてふと思う。
これを日常で行えるものがあるとすれば、それはモノの整理なのではないかと。
自分の今は、自分を取り巻くモノたちから見えてくる。
クローゼットの中。
机の引き出し。
何気なく置かれている道具たち。
その一つひとつの中に、過去がある。
あの時必要だったもの。
自分を支えてくれていたもの。
けれど、それは今も必要なのだろうか。
感謝を持ちながら、きちんと直視する。
そして、「今に合っているか」を確かめていく。
変わり続ける世界の中で、
変わっていく自分に、
ちゃんと向き合えているか。
整理とは、ただ減らすことではない。
今の自分に合うかどうかを問い続ける行為なのだと思う。
今の自分を直視するための、
とてもシンプルで、確かな方法なのだ。
公民館に、ごみの件で伺うことがある。
そのたびに、決まって出てくる話題がある。
「この傘、どうしたらいいでしょうか」
玄関の隅に、忘れられた傘が何本も立てかけられている。
黒や紺の、どこにでもあるような傘だ。
壊れているわけではない。
開けば、ちゃんと雨をしのげる。
「まだ使えますよね」
「処分してもいいものか迷っていて」
そう言われると、簡単には答えられない。
「よければ使ってください」と声をかければいいかというと、
それもなかなか難しい。
「それ、自分のものだと言われると困るので」
そんな遠慮が、言葉の端ににじむ。
身近な関係の中では、
“もらう”という行為ひとつにも、微妙な気遣いが生まれる。
便利さよりも、距離感の方が大切にされる場面だ。
誰のものでもなくなった傘。
けれど、完全に無関係にもなりきれない。
そんな曖昧な場所に、静かに立てかけられている。
ふと、思い出す。
大正生まれの祖父母が、傘のことを「コウモリ」と呼んでいたことを。
丸く広がるその形は、確かに羽を広げたコウモリのようにも見える。
子供の頃、意味も分からず使っていた言葉だが、不思議と記憶に残っている。
コウモリは、粋な言い回しかもしれない。
ただの傘を、少しだけ違って見せる。
見慣れたものに、もうひとつの輪郭を与える。
昔の人は、そうやって
暮らしの中に、ささやかな遊びを忍ばせていたのだろう。
今、目の前にある傘たちも、
ただの“忘れ物”ではないのかもしれない。
誰かの帰り道。
急な雨。
誰かと歩いた時間。
そうした記憶が、静かに染み込んでいる。
さて、このコウモリたち。
どこへ飛ばしてやるのが、いちばんいいのだろうか。
春の訪れを何で感じるかといえば、いろいろある。
やわらかくなった風だったり、田んぼの雪解けだったり、店先に並ぶ少し明るい色の服だったり。
けれど私の場合、少し変わったもので春を感じる。
海の近くに住んでいるせいか、真夜中の海岸線を爆走する元気のいい若者たちの気配だ。
遠くから、どんどん近づいてくる。
エンジンの甲高い音や、メロディー付きのクラクション。
正直に言えば、ただの騒音でしかない。
迷惑と言われれば、その通りだろう。
それでも不思議なもので、あの音が遠くから聞こえてくると、
「ああ、春が来たな」と思う。
冬のあいだ静まり返っていた海岸線に、急に人の気配が戻ってくる。
若さというのは少し乱暴で、少し騒がしくて、それでもどこか季節の匂いがするものだ。
ところが今年は、なぜだかその音をまだ聞いていない。
遠くからどんどん近づいてくる、あのエンジンの音も、クラクションも聞こえない。
民度が向上したのか。
それとも、単純に人が減ったのか。
静かなのは良いことのはずなのに、どこか物足りない。
春とは、花が咲くことだけではなく、人のざわめきが戻ってくることでもあったのだと、少し思う。
もっとも、もしかしたら理由はもっと単純かもしれない。
海岸線の道路が一部崖崩れになって通行止めなので、ルートが変わっただけなのかもしれない。
だとしたら納得だ。
来年あたり、また遠くからエンジンの音が近づいてきて、あのメロディー付きのクラクションが夜の海に響くだろう。
少し迷惑で、でもどこか春らしい。
私の春一番は、そんな音なのかもしれない。
今日は末の娘の中学校の卒業式。
これで、私たちが中学校に来ることももうないのだと思うと、少し不思議な気持ちになる。
兄弟合わせて、およそ10年。
入学式、運動会、三者面談、部活の送迎。
思えばずいぶん長い時間、この学校に通ったものだ。
この中学校は、田んぼの真ん中にある。
3階の窓から眺める庄内の田園風景は圧巻だった。
秋になれば稲穂が揺れ、
その向こうには高く聳える雲。
あの雲の高さと、庄内の空の広さは、今でも忘れられない。
しかし、そこに通っていた子どもたちにとっては、
きっとそれが当たり前の景色だったのだろう。
大人になって遠くへ行ったとき、
「あの中学校は、実は特別な場所だった」と気づく日が来るのかもしれない。
卒業式のあと、最後のホームルーム。
担任の先生が、生徒たちに歌をプレゼントしてくださった。
映画『サウンド・オブ・ミュージック』より
「山を越えて行け」。
先生は声楽をされているそうで、
教室いっぱいに響く歌声は見事だった。
その真剣さに、男子生徒の何人かは照れくさそうに笑っていた。
けれど、娘はまっすぐ前を向き、
じっと先生の歌を聴いていた。
その後ろ姿を見ながら、
ああ、いい子に育ったな。
そんなことを思った。
家に帰ってから、久しぶりに映画を見直した。
子どもたちは、これからそれぞれの山を越えていく。
そして親は、その背中を見送る。
兄弟合わせて10年通った中学校。
もうここに来ることはないけれど、
田んぼの真ん中の校舎と、
あの高い雲の空は、きっとずっと心に残る。
私が住む庄内の温泉街は、日本海に面している。
海が近いというのは景色としては素晴らしいが、建物にとってはなかなか過酷な環境でもある。
冬になると、海から強い風が吹きつける。
潮を含んだその風は、家の外壁や屋根を少しずつ侵食していく。
人が住んでいる家ならまだいい。
壊れたところは直され、手入れもされる。
しかし空き家になると、話は別だ。
あっという間に傷みが進む。
外壁が剥がれ、屋根の一部が飛び、風の強い日にはそれらが近所の家へ飛散する。
この地域では、空き家というのは静かに朽ちていくものではなく、
風と一緒に周囲へ広がっていく存在でもある。
では、なぜ手放さないのか。
多く聞く理由は二つある。
一つは
「仏壇があるから、たまには帰省するつもり」
もう一つは
「土地はもっと高く売れるはず」
しかし現実には、帰省することはほとんどなく、
土地の値段もバブル期の三分の一以下になっている。
それでも家は残り続ける。
不思議なことに、この町には
「住みたい」という人は少なくない。
海があり、温泉があり、静かで暮らしやすい。
この町に価値を感じてくれる人は確かにいる。
しかし、その人たちが住める家がない。
空き家はある。
けれど、住める空きがない。
私は家財整理の仕事をしているので、
空き家の相談を受けることも多い。
家というのは、建物というよりも
思い出の箱なのだと思う。
だから手放せない。
きっと、
故郷がなくなることへの不安があるのだろう。
しかし、放っておくと家は朽ちていく。
そして海風は、思い出には遠慮してくれない。
放置は最悪の決断だ。
売る、貸す、壊す、守る。
どんな選択でもいい。
ただ、何もしないまま時間だけが過ぎると、
家も、街も、ゆっくりと傷んでいく。
家では掃除機を持つことはほとんどない。
自慢ではない。
しかし、どうしても掃除機を掛けたい場所があった。
それは会社の工場の梁である。
鉄骨の梁。
数ヶ月前、高所作業車を借りて蜘蛛の巣取りをした。そのついでにバッテリー式のブロワーで埃を飛ばしてみたのだが、全然綺麗にならない。
これはもう掃除機で吸うしかない。そう感じた。
しかし工場の梁と小梁をすべて綺麗にしようと思うと、かなりの覚悟と時間がいる。
しばらく見ないふりをしていたが、昨日思い切ってやることにした。
12mの高所作業車を再度借りて、スターウォーズのR2-D2のような丸い掃除機を持ち込み、いざ作業開始。
吸っても吸っても埃が出てくる。
そしてついにR2-D2がダウン。
仕方なく2台目を投入することになった。
丸一日かけて終わったのは工場の4分の1ほど。
それでも回収できた埃は20kg。
おそらく20年分の埃だろう。
今回はここまで。
あと3回やればゴールだ。
高所作業車の上で、ただひたすら掃除機を掛ける。
誰に褒められるわけでもないし、効率の良い仕事でもない。
しかし、終わった後の工場を見上げたとき、なんとも言えない気持ちよさがあった。
ふと思う。
会社というのは、こういう場所なのかもしれない。
誰も見ていないところに、埃は溜まる。
そしてその埃は、気づかないうちに積み重なっていく。
社長の仕事は社風をつくることだと言われる。
もしそうだとしたら、
社風とは「見えないところの埃」をどう扱うかなのかもしれない。
そんな話を家で妻にすると、笑いながら言われた。
「へえ、気になるところあったんだ〜」
普段は掃除機を持たない男なのだが、
どうやら私にも、気になるところはあるらしい。
ひな祭りも終わり、実家の七段飾りも母が早々に片付けていた。
子どもたちが小さかった頃は、私が説明書を見ながら
「あれ、これはどこだ?」
「この人形は三人官女だっけ?」
などと、ああでもないこうでもないと言いながら飾っていたものだ。
最近では飾るのも仕舞うのも母任せ。
一番重たいスチール製の台座だけは、父が納戸から運び出す役目らしい。
少し申し訳ないなと思いながら、昨日実家の様子を見に行くと、今年から収納場所を変えたという。
これまでは二階の納戸にしまっていたが、これからは毎年飾る座敷の押入れに入れることにしたそうだ。
そこには来客用の布団が入っていたのだが、その布団を納戸へ移動させた。
理由は単純で、
「来客用の布団は、雛人形より出番が少ないから」
だという。
なるほど、それは名案だ。
それでも七段飾りを毎年きちんと飾ってくれるのはありがたい。
二十数年前にいただいた雛飾りだが、いま見ても新品と変わらないように見える。
ただ、仕事柄、少し複雑な気持ちになることもある。
この年代の雛飾りが、ときどき廃棄物として排出されることがあるからだ。
事情はいろいろある。
家が狭くなったり、飾る人がいなくなったり。
私たちは供養をしてから処分するのだけれど、
それでも、段ボールに収まった人形たちを見ると、
胸の奥が少しだけざわざわする。
人形は物だ。
けれど、そこには確かに誰かの時間が詰まっている。
だからだろうか。
実家でまた来年も飾られる雛人形を見ると、
どこかほっとするのである。
先月買ったベンチとダンベル。その後どうなったかというと、最初は寝室に置いていたのだが、毎日妻から
「この道具はここに置くのでいいの?」
と確認が入るので、結局ロフトの狭い空間に追いやられてしまった。
まあ仕方ない。
しかし、いざやってみるとこれがなかなかしっくりくる。むしろ秘密基地みたいでちょうどいい。
ロフトでベンチダンベル。
ほぼ毎朝、10分ほどのトレーニングを続けている。
10分とはいえ、終わる頃にはじわっと汗が出る。
この「じわっと」がなんとも気持ちいい。
体重はピーク時71kgだったのが、今は65kgを維持。
筋肉量も少しずつ上がっている。
そして何より驚いたのは、おへそ周り。
ピーク時84cmだったのが、今は79cmをキープしている。
おへそ周りが80cmを切るというのは、自分でもちょっとびっくりだ。
さすがに腹筋はまだ割れていないが、もし割れたら相当かっこいいな、とニヤリとしている。
数ヶ月前、息子にベースを買ってやった。
正直、最初は「すぐに埃をかぶるのでは」と思っていた。
ところが、夜になると部屋から
ボン、ボン、と低い音が聞こえてくる。
ちゃんと続いているらしい。
10分の筋トレと、夜のベース。
家の中の、それぞれの小さな習慣。
会議とかMTGというものが、どうも好きになれない。
むしろ、はっきり言えば嫌いな部類だ。
会議がある日というのは、朝からどこか気が重い。
社長なんだから、どんと構えていればいいのだろうけれど、なぜかそうはいかない。
不思議なもので、雑談は好きだ。
スタッフと他愛もない話をしたり、思いつきをポンポン出し合う時間はむしろ楽しい。
ところが、それが「会議」とか「MTG」というフォーマットになると、急に身構えてしまう。
言葉が硬くなり、空気も少し固くなる。
あの感じが、どうも苦手なのだ。
3月は、来年度に向けての社内会議や勉強会が続く。
ほぼ毎日のように予定が入っている。
正直に言えば、逃げ出したい気分になる日もある。
けれど、これをやらないと始まらない。
組織で仕事をしていく以上、方向を共有する時間はどうしても必要だ。
だからこそ思う。
どれだけ価値のある時間にできるのか。
苦手だからこそ、だらだらやりたくない。
ぎゅっと凝縮させたい。
そのためには、やはり準備がものをいう。
何を話すのか。
どこへ向かうのか。
どこで終わるのか。
そしてもう一つ、大事なことがある。
誰が何を言い出すかわからない。
そんな空気をつくっているということ。
それは、本当の意味で価値のある時間になっているということだと思う。
予定通り進んで、
予定通り終わる。
そんな「ちゃんちゃん」で終わる会議やMTGに、あまり意味はない。
思いもよらない一言が、
次の仕事を動かすことがある。
だから会議は、
少しだけ予定外でいい。
一月、二月。
毎年のことながら、売上はぐっと下がる。現場の空気も、どこか静かだ。
不思議なのは、生活ごみの量まで目に見えて減ることだ。
同じ人が、同じ家で、同じように暮らしているはずなのに、なぜか量が違う。
考えてみれば、冬は動かない。
雪が降れば外出は減り、買い物の回数も減る。衝動買いもしない。倉庫も物置も開けない。片づけようという気持ちも、どこか春に預けられている。
人の活動量が下がれば、ごみも減る。
ごみは、暮らしの体温計のようなものかもしれない。
熱が下がれば、排出も静かになる。
ところが三月に入ると景色が一変する。
持ち込みのお客様が増え、電話は鳴りっぱなし。
「今からお願いできますか?」
「引っ越しで急いでいて」
「年度内に片づけたいんです」
まるで冬眠から目覚めたように、町が動き出す。
ありがたいことだと思う。
静かな冬があるからこそ、春の躍動が際立つ。
売上の波に一喜一憂することもある。けれど、このリズムは自然の摂理に近い。
ごみの量は、町の鼓動だ。