今日、奥歯の銀歯がポロリと取れた。
「え、また?」と自分でも思うくらい、ちょいちょい外れる。もう何度目か分からないけれど、私にとってはこれ、ちょっとした吉兆だと思っている。
痛みはない。焦りもない。むしろ、「ああ、そろそろ何か動くな」という合図のように感じているのだ。いわば“付きものが取れた”感覚に近い。
銀歯というのは、見た目にも機能的にも、長く口の中に居座る「異物」だ。もちろん、お世話になった歯医者さんに失礼な言い方かもしれないけれど、身体が「もうこれ、いらないよ」と言っているような気がしてならない。
そういえば、これまで銀歯が取れたあとには、不思議と身の回りが軽くなる。人間関係がスッと整理されたり、考え込んでいたことが急にどうでもよくなったり、何かに執着していた自分がふっと緩んだり。
今回はどんな「何か」が取れたのだろう。
昔は、こういう出来事をただの「アクシデント」として扱っていた。でも最近は、ちょっと立ち止まって意味づけをしてみるのが楽しい。根拠はない。でも、根拠がないからこそ、自由だ。
とりあえず、銀歯はポーチに入れておいた。週末に歯医者さんに行くとして、それまでのあいだ、少し気をつけながら、でもちょっとワクワクしながら日々を過ごしてみようと思う。
毎年のことだけど、会社のテラスにツバメが巣を作った。今シーズン2回目。
2回目はなぜか網戸に巣を作ろうとしていたので、この巣はやむを得ず撤去。
模様を伺うも狙い通り、彼らは1回目とまったく同じ場所に巣作りを始めた。
無事に産卵したものの、しばらく動きがなくて心配していたが、先日ようやくヒナが孵った。
そして成長のスピードがとにかく早い。
先週ようやく巣のフチからくちばしがのぞいたと思ったら、
今日はもう親鳥と見分けがつかないほど立派に育っている。
5羽のヒナたちは、そろそろ巣立ちの時を迎えそうだ。
ここまで来ると、ちょっと気になってくるのが「3回目って、あるのか?」ということ。
これまでは毎年2回で終わっていた。
でも、こうして気温が高く、夏が長くようになってくると、
西日本のように3回目の繁殖もあり得るのではと、ちょっと思ってしまう。
実はこの“3回目問題”、我々にとっては結構現実的で、ツバメの子育てが終われば糞で汚れたテラスの大掃除と、張っていた養生シートの撤去が待っている。
もしも3回目があるのなら、今すべて片付けるのは早い。
とりあえずライトな清掃にとどめて、様子見しようかと悩み中。
こうしたツバメの繁殖回数も、気候変動のバロメーターになるのではないかと考えている。
さて、3回目があるのかどうか。大げさだけど2025年という年がそれ以前と以後になるのかもしれない。
まずはこの5羽が無事に巣立ってくれることを願いながら、しばらくは上を見上げる日々が続きそうだ。
昨日、地元の海水浴場が海開きを迎えた。
同じ日に梅雨明けが発表されるのは、実はとても珍しいことだ。
例年であれば、曇り空のもとでの“どんよりした”海開きが定番。
けれど今年は朝から晴天、まるで夏がそのまま押し寄せてきたようだった。
とはいえ、夏の日差しが強ければ強いほど、
海岸に人が集まるかというと、そう単純でもない。
炎天下すぎると、逆に人足は遠のく。
自然相手の商売やイベントは、そのさじ加減が難しい。
昨年の今ごろは、そんな気候の“極端”さを実感させられた。
梅雨明け前の豪雨により、地域は大きな被害を受け、私たちも現場対応に追われた。
だからこそ、今年は備えを見直した。
豪雨災害への対応マニュアルを一から整え直し、
昨日のミーティングで社員全員に共有したところだ。
夏は楽しい季節であると同時に、備えの季節でもある。
すべてが“何も起きなかったね”で終わることを願いつつ、
そのための準備を、今年もひとつずつ積み重ねていく。
家財整理の見積もりをしていると、ふと考えることがある。
「私は、いったい誰に向けてこの見積もりをしているのだろう?」
形式的な依頼者はたいてい、不動産屋さんや相続人の方々だ。
もちろん彼らは必要があって連絡してくれるのだけれど、どこか“他人事”の空気をまとっていることが多い。
「とにかく早く片づけてほしい」
「中のものは全部処分でいいです」
そんなふうに、事務的に淡々と話が進んでいく。
でも、家の中に一歩足を踏み入れると、空気が変わる。
暮らしていた人の気配が、そこかしこに残っている。
台所には使い込まれた鍋、壁には色あせたカレンダー、タンスにはまだ折り目のついた服。
誰かの生活の記憶が、静かにそこに息づいている。
そう気づくと、私たちは本当の依頼者は目の前にいる人ではなく、
“この家で長年暮らしてきた、もういない誰か”なのだと思い至る。
だから、たとえ「全部処分で大丈夫」と言われても、
私たちはその言葉を鵜呑みにせず、引き出しの奥や押し入れの中に、
まだ何か大切なものが残っていないか、静かに目を凝らす。
そして、たとえその見積もりが最終的に仕事に結びつかなかったとしても、
私たちはこの家と、その暮らしに、正直に向き合いたいと思う。
事務的な依頼者にモヤモヤしながらも、
心の奥では、本当の依頼者に向き合っているつもりで。
現場に出てクタクタになった日。
それでも最後の掃除機がけが、実はけっこう好きだ。
家財整理の仕事って、体力仕事でもある。
運んで、分けて、拭いて、また運んで。
一軒終わると、皆そろって「腰いてぇ〜」と呻いている。
……のだが、私は違う。
なぜか、腰痛が来ない。
20年やってきて、それなりに無理もしてきたはずなのに、
腰に来たと感じても次の日には回復している。
現場スタッフは皆、腰ベルトや湿布、時にはストレッチ体操までやっている。
でも私はといえば、汗だくになっても、大丈夫。
典型的な骨格ウエーブの体型がきっと柳のようにいなすのだろう。そう自分では感じている。
だから「やっぱり神様に選ばれてるんじゃないか」と、
本気で思っている節がある。
それで、空っぽになった家で(静かに?)掃除機をかける時間は、
本当に気持ちがいい。
何にも無くなって、風が通る部屋。
床に光が差し込み、お客様の笑顔が浮かぶ。
モノがなくなると、人の顔が柔らかくなる。
人生の満足度って、持ち物の量と反比例するって私は信じている。
旅行に行くのにカバンは小さい方がいい。人生もまた。