昨日、鶴岡のパーソナルジム「famille」で、人生初となるパーソナルトレーニングが始まった。いきなり半年契約。もう逃げ道はない。半年後には「やって良かった」と胸を張れる自分に会えるだろうか、そんな一抹の不安と期待を抱えてジムの扉を開けた。
初回メニューは、いきなり重りを担いでスクワット…ではない。呼吸から始まり、姿勢、骨盤の傾き、肩の位置を確認して、じわじわと動きを重ねていく。大したことをしていないように見えるのに、終盤には脚がぷるぷる、呼吸が浅くなる。
そして終了後の感覚は、水泳1kmを泳ぎきった後のような、じんわり全身にまとわりつく疲労感。汗はじわっと、頭はぼんやり。けれどこの疲れは、嫌じゃない。どこか心地よく、体が「よくやった」と言ってくれている気がする。
トレーナーからは、「この半年は、数字だけじゃなく日常の感覚も記録してください」とアドバイスされた。眠りの深さ、肩のこり具合、夕方の足の重さ…そうした変化が積み重なっていくのが楽しみになるらしい。
昨シーズン、薪ストーブを新しくした。
燃費や暖房効率を考えて、ヨーロッパ製のものに入れ替えた。
最近のストーブは本当に優秀で、少ない薪でもしっかり部屋を暖めてくれる。
長年使ってきた旧ストーブは、アメリカ製の無骨だけど頼れる存在だった。
特に使い道も無く、放置されていてそろそろお役御免か…と思いながらも、すぐに処分する気にはなれなかった。
この夏、その旧ストーブはレコードプレーヤーとスピーカーの台として静かに活躍している。
どっしりと重く、安定感は抜群。
音響機器を置くにはちょうどいい高さと広さ。
何より、その存在感が音のある暮らしによく似合う。
火は入っていないけれど、音をのせ、灯りを添えると、不思議とあたたかみが戻ってくる。
レコードの針が落ちる瞬間、まるでまたストーブが呼吸をしているようにも見える。
いつかまた、あの中に薪をくべる日が来るかもしれない。
でもそれまでは、音とともにあるこの日々を、もう少しだけ楽しんでみようと思っている。
昨日、出羽商工会さん主催の人材採用セミナーに参加しました。
テーマは「お金をかけずに思い通りの人材採用を実現」。
内容は驚くほど今の私たちにフィットしていて、「そうすればいいんだ!」という気づきの連続でした。
特に印象に残ったのが、講師の方が語った「マッチ売りの少女」の例え。
「このマッチが売れないと、お父さんに叱られるんです。お願いします!買ってください!」
この少女の姿は切なく心を打ちますが、同時に、誰もマッチを買ってはくれません。
なぜか。それは彼女の言葉が“自分の都合”ばかりだからです。
買い手の気持ちではなく、売り手の事情が前面に出てしまっているから。
この話を聞いて、思わずハッとしました。
求人でも同じことをしていなかっただろうか、と。
「人が足りない」「来てくれないと困る」「助けてください」
求人原稿に、そんな“自社の都合”だけを並べてはいなかったか。
相手の立場に立たないまま、一方的な“お願い”だけをしてはいなかったか。
講師の言葉は続きます。
「求人は広告じゃない。ラブレターなんです」
誰に、何を伝えたいのか。どんな人と働きたいのか。
その人の心に届く言葉で、自分たちの“想い”を伝えること。
そこに共感が生まれ、初めて人が集まってくる。
求職者の心に届く求人。
それは、ただ人を“集める”のではなく、
“惹きつける”ことで、未来を共につくる仲間を迎えること。
セミナーを通して、求人の本質を改めて学びました。
マッチ売りの少女にならないように。
まずは、自社の求人ページを、自分たちの言葉で見直してみます。
“火を売る”のではなく、“温もりを届ける”ために。
「おにぎり、温めますか?」
山形のコンビニでは、これが当たり前の会話だ。レジで聞かれると、つい「お願いします」と答える。寒い季節ならなおさら。あったかいおにぎりを片手に車に戻ると、なんだか少し報われたような気がする。
でもこのやりとり、県外ではほとんどないのだそうだ(夕食の時に家族が話していた)。
同じように、山形のガソリンスタンドでは「室内清掃用のタオル」が出てくることがある。しかも冬はほんのり温かい。これもまた、ありがたい気配り。
そして、暑い今の季節には「冷やす文化」が登場する。冷やしラーメン、冷やしシャンプー。とことん冷やす。容赦なく冷やす。でも、それは決して冷たいのではなく、「相手が求めていること」をちゃんと分かっているから。
そう。温めるも、冷やすも、その根っこにあるのは思いやりなんだ。
だからかもしれない。山形には、創業百年を超える老舗が多い。商売を続ける上でいちばん大事なのは、技術でも資本でもなく、人への気配りだ。変わるものに合わせて、変わらない心を持ち続ける。それが、山形の空気には確かにある。
たったひと言の「温めますか?」
そっと差し出されたタオル
氷で冷えた一杯の冷やしラーメン
それらはみんな、温度の話じゃない。
心の温度を感じる風景なんだと思う。
昨日は、山形市中央倫理法人会のモーニングセミナーで講話をさせていただきました。
テーマは「倫理法人会が楽しくなるには?」という、ちょっと素直で、ちょっと深い問いかけ。
実は私、倫理法人会に入って今年で20年になります。
この20年の間に、何度思ったかわかりません
「こんな会、なければどんなにか楽なのに」って。
朝は早いし、役は回ってくるし、忙しい時ほど予定がかぶる。
眠い目をこすって会場に向かう朝、
“なんで自分だけ…”と心の中でぼやいた日もありました。
でも、辞めずに続けてきたのは、
この会に「自分を育ててくれる何か」があったからです。
もしこの会に入っていなければ、
きっと出会っていなかった人たちがいます。
聞くことのなかった価値観があり、
行くこともなかった地域がありました。
そして何より、
ここにはロールモデルとなる素敵な人たちがたくさんいます。
ギラギラとした成功者ではなく、
人生の厚みを感じさせる、キラキラとした人たち。
そういう人たちに出会うたびに、
「自分も、あんなふうに、かっこよくなりたいな」って思うんです。
昨日の講話では、私自身が会を通じて変わってきたこと、
そして「楽しさは自分の関わり方で決まる」ということをお話しました。
特に共感をいただいたのが、
「やらされ感」から「やりたいこと」へ、という視点。
MS委員や朝礼リーダー、会報係など、
一見面倒に思える役割も、
自分なりに工夫して取り組めば、それはもう“自己成長の場”です。
そして、
「ただ知ってる人」より「語り合える仲間」ができること。
講話を聞いて終わるのではなく、自分ごととして動き出すこと。
学びを受け取るだけでなく、誰かに届けていくこと。
そういう積み重ねの中で、私はこの会に育てられてきたんだと思います。
倫理法人会は、単なる勉強会でも、名刺交換の場でもありません。
“人として耕される場所”。
“心がキラリと光る場所”。
そして、気づけば自分もその光の一部になっている
そんな会だと、私は思っています。
山形市中央倫理法人会の皆さま、
昨日は本当にあたたかく迎えていただき、ありがとうございました。