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毎日ブログ

2026/09/20
20/100 所有の意味を考える   

バイクを手放して4年がたった。

もう十分に乗ったと思っていたし、バイクのない生活にも慣れていた。

ところが最近、突然バイク熱が戻ってきた。

動画でエンジン音を聞き、ローンの計算をしてみたり、まだ買ってもいないのに、ヘルメットやジャケットのコーデまで考えている。

18歳で免許を取った頃、バイクはまず「足」だった。友人とのコミュニケーションツールであり、純粋に走ることが楽しかった。社会人になってからは旅の相棒となり、30代、40代では理想の自分を映す存在になった。

しかし、購入が現実的になると、ふと思った。

私は本当にバイクを「所有」したいのだろうか。

持てば、置き場所が必要になる。保険、税金、車検、メンテナンスもある。乗らなければ「せっかく買ったのに」と気になり始める。

モノを所有することは、その管理も引き受けることだ。

片付けのプロとして考えれば、欲しいのはモノではなく、その先にある体験かもしれない。

風を受けて走る時間。日常から少し離れる感覚。そして「俺は俺を楽しんでいる」と思える自分。

それならレンタルでいい。乗りたい日に、乗りたいバイクを借りればいい。

実に合理的な結論である。

ところが、やはり所有することにも価値がある。

いつでも乗れる。眺められる。手入れをし、自分仕様にしていける。一緒に過ごした時間が、その一台だけの思い出になっていく。

所有とは、単に手元に置くことではなく、そのモノとの関係を育てることでもある。

バイクは、理性だけで考えれば持たない方がいい。それでもエンジンの音や振動、自分で操る感覚が、理性をすり抜けてくる。

4年間、なくても困らなかった。それなのに、またこれほど心が動いている。

欲しいのは、走る体験なのか。

それとも、手間まで引き受けて一緒に時間を重ねたい一台なのか。

答えは、まだ分からない。

ということで、まずはレンタルから。

返すときに「楽しかった」と思うのか、「返したくない」と思うのか。

そこで、本当の答えが出るような気がしている。

2026/09/18

今日は、取引企業の代表を務められた方のお別れ会に参列してきた。

事前にいただいた案内には、ドレスコードについてこう記されていた。

「クールビズでお越しください」

お別れ会でクールビズ。

さて、どうしよう。

おそらく多くの方は喪服で来るだろう。

そんな予想はしていた。

実際、会場に着いてみれば、90%以上の方が完璧な喪服だった。

私も、いつもなら喪服を選ぶ。

それが一番間違いがない。

誰から見ても失礼がなく、何より自分自身が安心できる。

でも今回は、少しだけ冒険してみた。

ダークネイビーのセットアップに白いシャツ。

そして同じくダークネイビーのタイ。

もちろん、悪目立ちしたいわけではない。

人と違う格好をして、何かを主張したいわけでもない。

ただ、何も考えずに「お別れ会だから喪服」とするのではなく、案内にわざわざ書かれていた「クールビズで」という言葉について、一度考えてみたかった。

そして、考えたうえで今日この場所に来た、という自分なりの意思を示したかったのだと思う。

それにしても、なぜ90%以上の人が喪服だったのだろう。

もちろん、大切な方を見送る場である。

失礼のない格好をしたいという気持ちはよく分かる。

私だって、いつもならそうする。

でも、だからこそ少し考えた。

私たちは「こうしてください」と言われたことよりも、「普通はこうするものだ」というものを、ずっと強く信じているのかもしれない。

そして、その方が安心なのだ。

周りと同じなら間違いがない。

誰かから何かを言われることもない。

考えなくても、正解らしきものが用意されている。

でも、それを繰り返していると、いつの間にか「なぜそうするのか」を考えなくなってしまうのかもしれない。

これは服装に限った話ではない。

仕事でも同じだと思う。

「昔からこうしているから」

「みんながそうしているから」

「普通はこうだから」

それは、とても便利な言葉だ。

だけど、ときには立ち止まって、

「なぜ?」

と考えてみる。

そして、自分なりの答えを出してみる。

その答えが、周りと同じでもいい。

違っていてもいい。

大切なのは、違うことではなく、考えたことなのだと思う。

今日の私の服装が正解だったのかは分からない。

でも、案内を読み、故人を送る場について考え、自分なりに選んだ。

たかが服装。

でも私にとっては、ちょっとした冒険だった。

2026/09/16

良いことなのか、悪いことなのか。

 

私は社員に対して、叱ったり、強く注意したりすることがほとんどありません。

 

しかし今日は、さすがに注意しました。

 

作業車両の調子が悪く、販売店の営業スタッフとメカニックの方が、わざわざ会社まで来てくれていました。

 

ところが、肝心の車両が予定より15分ほど遅れて会社に戻ってきました。

 

そこには連絡の行き違いなど、何か事情があったのかもしれません。

 

しかし、その車両を運転していた当社のスタッフが、待っていた販売店の方々に不満をぶつけ始めたのです。

 

私は思わず、

 

「ちょっと待て。それは言い過ぎだ」

 

と止めました。

 

もちろん、そのスタッフにも言い分はあったのでしょう。

 

まずは本人から事情を聞かなければなりません。

 

それでも、あの言い方はよくありませんでした。

 

目の前にいる営業スタッフやメカニックの方が、今回の原因をつくったわけではありません。

 

むしろ、車両の不具合を確認するために、わざわざ会社まで来てくれた方々です。

 

まずは、来てくれたことに感謝する。

 

伝えたいことや不満があるとしても、そのうえで相手に伝わるように話すべきだったと思います。

 

不満を持つことが悪いわけではありません。

 

しかし、その感情を誰に、どのような言葉で向けるのかは、とても大切なことです。

 

私の言葉がどこまで本人に伝わったのかは分かりません。

 

ただ、そのスタッフは自分から、

 

「口が悪かったです」

 

と販売店の方々に謝罪しました。

 

注意することは、気持ちのいいものではありません。

 

それでも、見過ごしてはいけない場面では、はっきり伝えることも社長の役割なのだと思います。

2026/09/14

最近、特殊清掃についてのお問い合わせを多くいただいています。

お話を聞いていると、多くのお客様に共通していることがあります。

それは、

「特殊清掃がどういうものなのか、イメージできていない」

ということです。

それは当然だと思います。

普段の生活の中で、

特殊清掃について詳しく知る機会なんて、ほとんどありません。

「知り合いから、そういうことをしてくれる会社があると聞いて……」

「こういう場合は、特殊清掃になるんでしょうか?」

そんなところから、お問い合わせが始まります。

もちろん、

特殊清掃と遺品整理の違いも分からない。

どこまで作業してくれるのかも分からない。

どのくらいの日数がかかるのかも分からない。

そして一番不安なのが、

「いったいいくらかかるんだろう」

ということだと思います。

数万円なのか。

数十万円なのか。

もっとかかるのか。

想像することすら難しい。

それも無理はありません。

特殊清掃は、

引っ越しや車検のように、

あらかじめ予定しておくものではないからです。

昨日まで普通だった暮らしが、

ある日突然変わる。

離れて暮らしていた家族。

一人暮らしの親。

しばらく連絡を取っていなかった親族。

そして突然、

「部屋をどうしたらいいんだろう」

という問題が目の前に現れます。

そのとき初めて、

「特殊清掃」という言葉を知る方も少なくありません。

だからこそ私たちは、

最初から全部分かっている必要はないと思っています。

特殊清掃なのか。

遺品整理なのか。

家財整理なのか。

まず何をしなければならないのか。

それを一緒に整理するところから始めればいい。

特殊清掃は、

誰かが準備して待っているものではありません。

それは、突然やってくるのです。

だから、

困ったときに「まずここに聞いてみよう」と思ってもらえる存在でありたい。

そんなことを、最近のお問い合わせを通して感じています。

2026/09/12

今日は、久しぶりに下駄箱の整理をしました。

というのも、最近また革靴のことが気になり始めて、ふと考えてみたら、ちゃんとメンテナンスするのは多分2年ぶりくらい。

いや〜、ずいぶんサボっていました(笑)

下駄箱から革靴を一足ずつ出してみる。

仕事で履いている靴、少しカジュアルな靴、最近あまり出番のなかった靴。

改めて並べてみると、

「ああ、こんなのも持っていたな」

なんて靴もあります。

そして靴だけではなく、靴磨きのグッズも見直してみました。

ブラシやクリーム、ポリッシュなど、いつの間にか増えていたものを整理して、

「これは何のために使うんだっけ?」

と確認しながら、これから使うものを選び直す。

足りないものは新しく揃えることにしました。

こういう時間って、なんだか楽しいんですよね。

革靴というのは面白いもので、新品が一番格好いいとは限りません。

履いて、シワが入って、磨いて、また履く。

そうやって少しずつ自分の靴になっていく。

傷だって、見方によってはその靴の歴史です。

そう考えると、革靴は「買って終わり」ではなく、買ってからが始まりなのかもしれません。

それなのに2年間も放ったらかし(笑)

ちょっと反省です。

でも今回、下駄箱を整理して、靴磨きの道具も見直してみたら、不思議と新しい靴が欲しいという気持ちより、

「今持っている靴を、ちゃんと履こう」

という気持ちになりました。

これって、靴に限った話ではないのかもしれません。

新しいものを買う楽しさもあるけれど、今あるものにもう一度手をかけて、その良さを取り戻していく楽しさもある。

手入れをするというのは、物をきれいにするだけではなく、自分と物との関係を整えることなのかもしれません。

ということで、しばらくサボっていた革靴のメンテナンスを再開します。

ブラシをかけて、クリームを入れて、また履く。

さて、どの靴から始めようかな。

そんなことを考えている時間も、革靴の楽しみのひとつです。