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毎日ブログ

2026/07/15
971/1000 綺麗の裏側には   

今年は海開きが少し早かった。

一度くらいは海水浴に行きたいなと思っている。

梅雨明け前の海も好きだが、真夏の青い海には、やはり特別な魅力がある。

海水浴場へ行くと、「綺麗だな」と感じる。

でも、その綺麗さは決して自然にそこにあるわけではない。

シーズン前には、海岸の漂着ごみを拾い、流木を片付け、危険なものを取り除き、多くの人が安心して楽しめるように整備をしている。

私たちは、つい完成した景色だけを見てしまう。

しかし、その景色の裏には、誰かの汗と時間がある。

海だけではない。

会社が整っているのも、公園が気持ちいいのも、街が美しいのも、誰かが見えないところで手をかけているからだ。

私たちの仕事も同じである。

ごみを回収し、環境を整える仕事は、終わってしまえば何もなかったように見える。

だからこそ、この仕事には誇りがある。

美しい景色を見るたびに、その景色をつくってくれた人たちにも思いを寄せられる人でありたい。

そして今年も、一度くらいは海水浴に行って、思い切り夏を楽しみたいと思う。

2026/07/13
956/1000 経営は細部に宿る   

昔、師匠からこんなことを教えられた。

 

「その会社について知りたければ、財務諸表を見るより、現場のトイレや草刈りの具合を見なさい。」

 

そして、こんなことも言っていた。

 

「会社がおかしくなってくると、真っ先にそう言った所の管理ができなくなる。」

 

忙しいから。

 

人手が足りないから。

 

そんな理由はあるのだろう。

 

でも、本当は逆なのかもしれない。

 

細部を大切にできなくなった時、会社は少しずつ本来の姿を失っていく。

 

トイレの汚れ、伸びた草、乱れた倉庫。

 

どれも一日でそうなるわけではない。

 

毎日の小さな見過ごしが積み重なった結果だ。

 

だから、細部は嘘をつかない。

 

会社の文化も、仕事への姿勢も、人を大切にする心も、すべて細部に宿るのだと思う。

2026/07/11
954/1000 夏の一冊   

高校生の息子が、学校の図書館から小説を借りてきた。

夏休みが近いということで、一人八冊まで借りられるのだそうだ。

机の上には、梶井基次郎の『檸檬』、井伏鱒二の『山椒魚』、遠藤周作の『海と毒薬』など、学生時代に見覚えのある作品が並んでいた。

「ちょっと貸して。」

そう言って、一冊借りたのが『檸檬』だった。

何十年ぶりだろう。

読み始めて驚いた。

こんなに短かっただろうか。

 

物語の内容は学生時代よりもずっと心に入ってきたが、それ以上に印象に残ったものがあった。

本の最後に挟まれていた貸出カードである。

何気なく眺めてみると、『海と毒薬』の貸出回数が、『山椒魚』や『檸檬』に三倍近い差をつけて圧倒的に多かった。

少し意外だった。

『檸檬』は短く、『山椒魚』も決して長い作品ではない。

それでも、多くの高校生は『海と毒薬』を選んでいる。

理由は分からない。

課題になっているのかもしれないし、先生の勧めなのかもしれない。

あるいは、若い頃だからこそ、人間の善悪や弱さを描いた物語に惹かれるのかもしれない。

私は学生時代、遠藤周作が好きで何冊も読んだ。

当時は物語を追いかけていたように思う。

しかし今読み返せば、きっと人間の弱さや迷い、赦しといった部分に目が留まるだろう。

本は変わらない。

変わるのは、読む人だ。

二十歳で読んだ一冊と、五十歳を前にして読む一冊では、同じ文章なのに受け取るものがまるで違う。

人生で出会った人、経験した失敗や喜び、そのすべてが読書を深くしてくれるのだと思う。

息子も二十年後、この本を手に取ったら、また違う景色を見るのだろうか。

 

さっさと読んで、息子と文学談義をしようと思う。


2026/07/09
952/1000 大谷翔平とおにぎり   

コンビニで昼ご飯を買う時は、おにぎりとお茶を選ぶことが多い。

売り場には大谷翔平選手の姿が並んでいる。

もちろん、日本の英雄であり、日本人の誇りだ。

企業が広告に起用したいと思うのもよく分かる。

ただ、私はおにぎりを手に取るたびに、少し違うことを考えてしまう。

この広告には、いったいいくらのお金が使われているのだろう。

そして、その費用は商品の価格にどのくらい反映されているのだろう、と。

最近、おにぎりもお茶もずいぶん高くなった。

原材料費や物流費、人件費が上がっていることは理解している。

それでも、毎日買うような商品にまで莫大な広告費が乗っているとしたら、それは本当に私たちのためなのだろうかと思ってしまう。

もちろん、大谷選手が悪いわけではない。

私も大好きだし、日本中が応援している。

でも、不思議なもので、あまりにも広告が前面に出てくると、もしかしたら逆に買いたくなくなることさえある。

私が買いたいのは、大谷翔平ではない。

おいしいおにぎりであり、安心して飲めるお茶である。

 

そんなことを、おにぎりを食べながら考えていた。

2026/07/07
950/1000 妻のお中元   

少なくなったとはいえ、お中元のシーズンがやってきた。

我が家でも、妻が上京している娘たちへ荷物を送る準備をしていた。今年は、それに加えてインドネシアから来ている留学生にも送るという。

妻はその留学生のことを、まるで息子のように気にかけている。

インドネシアはイスラム教徒が多く、宗教上の理由で豚肉を口にできない人も少なくない。そのため、贈る品も「これは大丈夫かな」と、一つひとつ原材料を確認しながら選んでいた。

さらに驚いたのは、送り方への気配りだった。

チョコレートのようなお菓子は暑さで溶けないようクール便が安心だ。しかし、せんべいのようなお菓子は、冷えた状態から常温に戻る際に結露して湿気てしまうことがあるという。同じお菓子でも、送り方は変わるらしい。

受け取り時間もそうだ。

相手は何時ごろ帰宅するのか。「この時間なら受け取りやすいかな」とあれこれ考えている。

私は正直、そこまで考えたことはなかった。

「何を送るか」が大切だと思っていたが、妻を見ていると、本当に大切なのは「相手がどう受け取るか」なのだと気づかされる。

贈り物は、箱の中身だけではない。

相手の暮らしを想像し、安心して受け取ってもらい、おいしく食べてもらう。そのために費やす時間や気遣いも、一緒に届けているのだろう。

私は品物を見ていた。

妻は、その荷物を受け取る人の一日を思い浮かべていた。