Led Zeppelin IIIとHotel California
今日は息子と中古レコード屋さんへ行った。
二人で棚を眺めながら、あれやこれやとレコードを手に取ってみる。
しかし、知っているジャケットなんてほとんどない。
今では音楽はサブスクで、聴きたいと思えばすぐに聴ける。
とても便利な時代になった。
でも昔は、音楽を聴くということ自体が、今よりずっと大切にされていたような気がする。
レコードを買って、家に持ち帰って、ジャケットから盤を取り出して針を落とす。
レコードを大事にするというのは、なんとなく昔の写真のアルバムを大事にする感覚に近いのかもしれない。
今では写真もスマホの中に何千枚とあるけれど、昔は一枚一枚を現像して、アルバムに貼って大切に残していた。
レコードも同じで、そこに入っている音楽だけではなく、ジャケットも、盤も、それを聴いていた時間も含めて大切にしていたのだと思う。
もっと昔まで遡れば、音楽なんて一部の貴族や裕福な人しか生で聴くことができなかった時代もあったのだろう。
そう考えると、音楽というものは長い間、大事に大事に聴かれてきたのだと思う。
それが時代が変わって、今ではレコードが時には捨てられ、中古レコード屋さんの棚に並んでいる。
そんなことを考えながら一枚一枚見ていると、見覚えのあるジャケットが出てきた。
レッド・ツェッペリンの『Led Zeppelin III』。
価格は1,000円。
1970年のアルバムだから、なんと56年前である。
もちろん私はリアルタイムの世代ではない。
でも高校生の頃、このアルバムのCDを買った。確か2,000円もしなかったと思う。さらにバンドスコアまで買った記憶がある。
今ならサブスクですぐに聴ける。
それでも、
「これ、レコードで聴いたらどんな感じなんだろう」
と思ったら欲しくなって、購入。
家に帰って聴いてみると、これが面白い。
CDで聴いていた頃より、さらに暴力的に響くのだ。
音が塊になって飛んでくるような感じがする。
そして初めて知ったのだが、このレコード、ジャケットにも仕掛けがある。
ジャケットの中の円盤を回すと、穴から見える絵柄が変わる。
高校生の頃にはCDで聴いていたから、そんなことは知らなかった。
そして息子が見つけたのが、イーグルスの『Hotel California』。
1976年発売。
今年でちょうど50年である。
実はこれも、高校生の頃にCDで聴いていたアルバムだ。
こちらはレッド・ツェッペリンとはまた違う。
ドン・ヘンリーのどこか温かみのある歌声を聴いていると、1976年という時代の空気まで入っているような気がした。
ベトナム戦争が終わった翌年。
そしてアメリカ建国200年の年。
もちろん当時の空気を私は知らない。
それでも今聴くと、いろいろな歪みや疲れを抱えながら、それでもどこかに希望を探しているような、そんな時代の匂いを感じる。
そしてふと気づく。
この2枚、どちらも私が高校生の頃にCDで聴いていたアルバムなのだ。
それを50歳近くになった今、高校生の息子と中古レコード屋で見つけて、今度はレコードで聴いている。
音楽そのものは昔と何も変わっていない。
変わったのは、聴いている自分と、その隣にいる人だった。
スマホの中の写真も、サブスクの中の音楽も、いつでも取り出せる。
でも、アルバムを開くことや、レコードに針を落とすことには、それとは少し違うものがある。
そこに残っているのは、写真や音楽だけではない。
その時代や、その時の自分まで一緒に残っている。
だからレコードというのは、単に昔の音楽を聴くためのものではないのかもしれない。
時間まで一緒に再生するものなのだ。

