ひな祭りも終わり、実家の七段飾りも母が早々に片付けていた。
子どもたちが小さかった頃は、私が説明書を見ながら
「あれ、これはどこだ?」
「この人形は三人官女だっけ?」
などと、ああでもないこうでもないと言いながら飾っていたものだ。
最近では飾るのも仕舞うのも母任せ。
一番重たいスチール製の台座だけは、父が納戸から運び出す役目らしい。
少し申し訳ないなと思いながら、昨日実家の様子を見に行くと、今年から収納場所を変えたという。
これまでは二階の納戸にしまっていたが、これからは毎年飾る座敷の押入れに入れることにしたそうだ。
そこには来客用の布団が入っていたのだが、その布団を納戸へ移動させた。
理由は単純で、
「来客用の布団は、雛人形より出番が少ないから」
だという。
なるほど、それは名案だ。
それでも七段飾りを毎年きちんと飾ってくれるのはありがたい。
二十数年前にいただいた雛飾りだが、いま見ても新品と変わらないように見える。
ただ、仕事柄、少し複雑な気持ちになることもある。
この年代の雛飾りが、ときどき廃棄物として排出されることがあるからだ。
事情はいろいろある。
家が狭くなったり、飾る人がいなくなったり。
私たちは供養をしてから処分するのだけれど、
それでも、段ボールに収まった人形たちを見ると、
胸の奥が少しだけざわざわする。
人形は物だ。
けれど、そこには確かに誰かの時間が詰まっている。
だからだろうか。
実家でまた来年も飾られる雛人形を見ると、
どこかほっとするのである。