昨日の夜、テレビのゴールデンタイム(この言葉、今はもう死語かもしれませんが)に「終活」をテーマにしたバラエティー番組が放送されていました。
十数年前には“重く語られる”ことの多かった終活が、今や笑いを交えながら全国放送で取り上げられる。そんな時代の移り変わりに、ふと驚きを覚えました。
そして本日は、昭和8年生まれ、92歳の男性のお宅に伺い、家財整理と家事代行についてのヒアリングをしてきました。
地方では家事代行という言葉自体、まだまだ馴染みが薄いようです。男性によれば、利用しているのは一部の医師や保険業の方ぐらいで、高齢者の利用はほとんどないとのことでした。
奥様を亡くされて一年。
「これからの人生と真正面から向き合いたい」と、私に声をかけてくださいました。
実は奥様がご存命の頃にも家財整理の件でご相談いただいたことがあり、その延長線上で今回は生活環境の改善を目的とした定期訪問のご依頼です。
印象的だったのは、この男性が紹介してくださった一冊の本。
介護未満の父に起きたこと(著:ジェーン・スー)。
この本から学び、ご自身のこれからの暮らしについて
①できること
②できないこと
③危ういこと
④頼みたいこと
を丁寧に分類し、「頼みたいこと」を明確にして、私たちにご相談くださいました。
現在、当社では家事代行に関しては外部の方をご紹介する形をとっております。
今後もこうしたご相談に対し、それぞれの暮らしに合った形で伴走できるよう取り組んでいきたいと思います。
「自分の未来の暮らしを、自分の言葉で整理する」。
その姿勢に、強さと静かな覚悟を感じました。
我が家の末の娘は、保育園の頃からピアノを習っています。気が向いたときはふらりとピアノに向かい、好きな曲を弾いている姿はちょっとした日常の風景。
この時期は合唱コンクールに向けて、課題曲の伴奏を練習していることが多いのですが、今年はちょっと様子が違います。
実は今年、初めて伴奏者の予選で落選したのです。
これまでは当たり前のようにピアノ伴奏の座を勝ち取ってきた娘。負けず嫌いの性格をよく知る父としては、きっと心の奥では悔しいはずだと思っているのですが、表情はいたって冷静。
「別に〜」とだけ言って、ピアノの前に座り、弾いているのは――あの名曲、「大地讃頌」。
卒業式のクライマックスで卒業生が歌うこの曲を、今から練習しているということは……
リベンジを狙っているのか。
ピアノの先生の計らいなのか。
はたまた、ただの趣味なのか。
真意はわかりませんが、現時点でなかなかの完成度です。
娘なりの静かな闘志を、指先から感じる父なのでした。
卒業式の伴奏の席、さてどうなることやら。注目です。
人間って、いつもいろんなことを考えていますよね。
「こんなこと言ったらどう思われるかな」とか、「失敗したら恥ずかしいな」とか。
頭の中でぐるぐる考えているうちに、前へ進めなくなってしまうこと、誰にでもあります。
でも、これって実は『お片づけ』にも同じことが言えるんです。
「これは〇〇さんから頂いた物だし」「高かったし」「思い出もあるし」「いつか使えるかも」
そうやって考えれば考えるほど、手が止まってしまう。
けれど、よくよく見つめてみると、状況をややこしくしているのは、他の誰でもなく自分なんですよね。
思い出も大切。でもそれに縛られすぎると、心まで動けなくなってしまう。
物の整理も、人間関係も、仕事のプロジェクトも、みんな同じ。
自分の“解釈”を事実にブレンドして、勝手に複雑にしてしまうんです。
だからこそ大事なのは、まず「事実」と「思い込み」をちゃんと分けてみること。
そして、「自分はどこへ向かいたいのか」というゴールを明るく描くこと。
そのうえで、そこへ進むための“最高のアクション”を選び取る。
言いにくいことほど、明るく爽やかに。
重く考えすぎず、軽やかに動いていけば、きっと心の風通しもよくなるはずです。
俺も、頑張ろっと!。
高校時代から、コロナ禍であったにも関わらず、どうしてもブライダルの仕事に就きたいと、専門学校に通うこと2年。
念願叶って、東京・青山のブライダルサロンにドレスコーディネーターとして就職した娘。
そんなピンポイントの仕事あるんだと驚いておりましたが、芸能人なんかも来るとかで、華やかな世界に足を踏み入れた彼女も、2年で転職。
今度の職場はアパレル関係の会社で、新人はまずフロアスタッフからということで、配属先はなんと横浜駅隣接の「ルミネ横浜」。
「専門学校、出なくてもよかったんじゃない?」なんて少し思ってはいますが、まあ娘の人生ですし、ということで新しい職場の“視察”へ。
ルミネというのは、田舎者の私にはまるで雑誌やSNSで見かける“ブランドのおせち料理”のようなビルで、やっぱり楽しいし、すんごい人。
どこを見てもキラキラしていて、働く人もお客さんも、みんなおしゃれ。
こんな華やかなところで娘が働いているんだと思うと、なんだかちょっと羨ましく感じました。
お昼休憩に一緒にランチをしながら近況を話し、「頑張ってやってるってみんなに言っておいて〜」と笑う娘。
その表情が少し大人びて見えて、心の中で“よくやってるな”とつぶやきました。
別れ際、ふと娘が言いました。
「私、何にでもなれるんだ!って思ってる」
あの頃、夢中で将来を語っていた高校生の顔が、一瞬だけ重なって見えました。
何になるのかなりたいのか、父も負けてられない。
会場は〈飛天〉。フジテレビの音楽特番「FNS歌謡祭」などが開催される、まさに“テレビで見たあの場所”です。
初めて足を踏み入れた私は、その天井の高さとシャンデリアの輝きに圧倒されました。ステージの先に広がる空間は、画面越しよりはるかに大きく、そして荘厳。全国から1,500名を超える仲間が一堂に会し、45周年を祝う場としてふさわしい空気に満ちていました。
特別記念公演では、武蔵野大学教育学部教授の貝塚茂樹先生が登壇。「戦後80年と道徳・家族・国家」という壮大なテーマについて語られました。
冒頭で紹介された戦中派・吉田満の問いかけ――「もし豊かな自由と平和、それを支える繁栄と成長力が、自己の利益中心に費やされるならば、それは不幸である」という言葉が強く心に残ります。豊かさの裏に潜む“空洞化”への警鐘が、時代を越えて響いてきました。
続いて語られた「戦後80年の歴史」は、①敗戦と戦後改革、②高度経済成長と国民意識の変化、③冷戦後からAI時代までの3つに区分されました。共同体の解体と個人化、そして現代における「つながりの不明瞭化」。その流れを追っていくと、私たちが直面している課題が浮かび上がります。
そして特に興味深かったのが「ゴジラ」の話。
なぜゴジラは日本にだけ上陸するのか。なぜ皇居には決して手を出さず、破壊の途中でターンを繰り返すのか。そこには単なる怪獣映画を超えた「戦争へのアンチテーゼ」が込められているのだと先生は語られました。戦死者の亡霊を背負った存在としてのゴジラ。スクリーンの中の咆哮が、戦後日本の記憶と痛みを象徴していると考えると、子どもの頃に観た映画が全く違う意味を帯びて迫ってきます。
さらに心に残ったのは、次の言葉です。
「私のものさしで問うのではなく、私のものさしを問う」
「自分とは何か?ではなく、何が自分なのかを問う」
自分の価値観を振りかざすのではなく、その価値観自体を見直すこと。自分を一つの定義で語るのではなく、何が自分を形づくっているのかを問うこと。こうした新しい視点に触れることができたのは、この記念の場ならではの学びでした。
1,500名の熱気に包まれながら、私は改めて決意しました。
自分の中の「ものさし」を問い直し、日々の小さな選択の一つひとつに、その気づきを重ねて生きていこう。
なお、「飛天」のあるグランドプリンスホテル新高輪は、2026年度中に営業を終了する予定です。JR品川駅前の再開発計画の一環で、解体後は複合ビルが建設されるとのこと。
だからこそ、今日この場に立てたことは、まさに一期一会の体験であり、歴史の節目に立ち会えた貴重な時間だったと強く感じます。