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52/100 「こうあるべき」で疲れてませんか

「こうするべきだ」

「ああするべきだ」

 

私たちは日々、たくさんの「べき」に囲まれて暮らしています。

 

仕事であれば、なおさらです。

 

決められたことは守るべき。

間違えたら素直に認めるべき。

わからないことは人に聞くべき。

 

どれも間違ったことではありません。

 

むしろ、組織で仕事をする以上、大切なことばかりです。

 

ところが、この「べき」が強くなりすぎると、相手の事情や気持ちが見えなくなってしまうことがあります。

 

先日、片付けに関する記事を読んで、そんなことを考えさせられました。

 

片付けられない人に対して、「片付けるべきだ」と考えるのは簡単です。

 

しかし、片付けられないことにも、その人なりの理由や事情があるのかもしれません。

 

これは仕事でも同じこと。

 

間違いを認められない人。

人に頼ることができない人。

自分をよく見せようとする人。

 

そんな人を見ていると、つい「素直になればいいのに」と思ってしまいます。

 

でも、最近ふと気づいたのです。

 

自分にも、そんなところがあるのではないか。

 

私自身、間違いを認めることが苦手だったり、人に弱みを見せられなかったり。

 

どこかで「ちゃんとしていなければならない」と思っている自分がいます。

 

そう考えると、相手の言動も少し違って見えてきます。

 

もちろん、仕事には責任が伴います。

 

できない事情を理解することと、できなくてもよいとすることは違います。

 

守るべきことは守ってもらわなければなりませんし、ときには厳しい判断も必要です。

 

ただ、その判断の前に、相手を理解しようとする姿勢を持てているだろうか。

 

そこが大切なのだと思います。

 

そして、もう一つ。

 

他者に優しくあるためには、まず自分自身にも優しくある必要があるのかもしれません。

 

自分の弱さを認められない人は、他人の弱さも許せない。

 

自分に「こうあるべきだ」を課し続けていると、知らず知らずのうちに、他人にも同じものを求めてしまう。

 

そんな気がします。

 

「やるべきだ」を手放すことは、責任を手放すことではありません。

 

正しさだけで相手を見るのではなく、その人の背景にも目を向けてみること。

 

そして、自分自身の弱さにも目を向けてみること。

 

そんなことが大事なのではと感じました。