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ここしばらく、バイクのことで頭がいっぱいだった。
あれがいい、これもいいと、車種を比較し、価格を調べ、維持費や将来の価値まで考えた。
そして昨日、ようやく結論が出た。
バイクは卒業!
あれだけ悩んでおいて、結局買わないのかい!(笑)
正確には、バイクを所有することをやめた。
そもそもバイクに乗りたいと思ったのは、この庄内をもっと楽しみたいという気持ちからだった。
海岸線を走り、山々の景色を眺め、季節の移ろいを肌で感じる。
バイクは、そんな楽しみを広げてくれる素晴らしい道具だと思う。
ところが、あれこれ選んでいるうちに、いつしか目的が変わっていたように感じる。
バイクを選んでいるつもりが、バイクに乗る理想の自分を選んでいた。
このバイクに乗る自分は格好いい。
こんなバイクが似合う男でありたい。
そんな思いが、知らず知らずのうちに大きくなっていた。
さらに、来年50歳を迎えるという年齢も関係していたのだろう。
体力的に、大型バイクを楽しめるのは今しかないのではないか、
そんな焦りにも似た恐れもあった。
欲望は決して悪いものではない。
欲しい、やってみたい、こうなりたい。
そうした気持ちがあるから、人は行動するし、新しいことにも挑戦できる。
ただ、その欲望が「こうでなければならない」に変わったとき、我儘が顔を出すのかもしれない。
以前、人生にとうせんぼするのは、自分自身の我儘ではないかと考えたことがある。
今回も、どこか似ている。
バイクは自由の象徴だ。
しかし、所有するとなれば、購入費用や維持費、手入れに費やす時間、乗らなければもったいないという気持ちも生まれるだろう。
金銭的にも、時間的にも、精神的にも、縛られたくはない。
人生を楽しむための道具に、人生を縛られてしまっては本末転倒だ。
だったら、乗りたいときにレンタルすればいい。
バイクを楽しむことまで諦める必要はないのだから。
考えてみれば、これは仕事にも通じる話だ。
新しい設備を導入することも、新しい事業を始めることも、本来は何かの目的を実現するための手段であるはずだ。
ところが、いつの間にか導入することや、始めること自体が目的になってしまうこともある。
さらには、そこに自分の理想や見栄、思い込みが入り込むことだってあるだろう。
何のために、それをするのか。
本当に必要なのか。
もっと自由で、もっと良い方法はないのか。
そんな問いを忘れないようにしたい。
何かを手に入れることが、必ずしも豊かさにつながるとは限らない。
手放すことで生まれる余裕もある。
今回、バイクを所有しないと決めたことで、お金も時間も、そして気持ちにも余裕が生まれたように感じる。
その余裕を、また別の楽しみや経験に使えばいい。
目的を見失わなければ、手段はいくらでも選べる。
自由な自分になりたくて、自由の象徴であるバイクを欲しがった。
ところが、所有を手放すことで、少し自由になれた気がする。
なんとも皮肉な話だ(笑)

