20/100 所有の意味を考える
バイクを手放して4年がたった。
もう十分に乗ったと思っていたし、バイクのない生活にも慣れていた。
ところが最近、突然バイク熱が戻ってきた。
動画でエンジン音を聞き、ローンの計算をしてみたり、まだ買ってもいないのに、ヘルメットやジャケットのコーデまで考えている。
18歳で免許を取った頃、バイクはまず「足」だった。友人とのコミュニケーションツールであり、純粋に走ることが楽しかった。社会人になってからは旅の相棒となり、30代、40代では理想の自分を映す存在になった。
しかし、購入が現実的になると、ふと思った。
私は本当にバイクを「所有」したいのだろうか。
持てば、置き場所が必要になる。保険、税金、車検、メンテナンスもある。乗らなければ「せっかく買ったのに」と気になり始める。
モノを所有することは、その管理も引き受けることだ。
片付けのプロとして考えれば、欲しいのはモノではなく、その先にある体験かもしれない。
風を受けて走る時間。日常から少し離れる感覚。そして「俺は俺を楽しんでいる」と思える自分。
それならレンタルでいい。乗りたい日に、乗りたいバイクを借りればいい。
実に合理的な結論である。
ところが、やはり所有することにも価値がある。
いつでも乗れる。眺められる。手入れをし、自分仕様にしていける。一緒に過ごした時間が、その一台だけの思い出になっていく。
所有とは、単に手元に置くことではなく、そのモノとの関係を育てることでもある。
バイクは、理性だけで考えれば持たない方がいい。それでもエンジンの音や振動、自分で操る感覚が、理性をすり抜けてくる。
4年間、なくても困らなかった。それなのに、またこれほど心が動いている。
欲しいのは、走る体験なのか。
それとも、手間まで引き受けて一緒に時間を重ねたい一台なのか。
答えは、まだ分からない。
ということで、まずはレンタルから。
返すときに「楽しかった」と思うのか、「返したくない」と思うのか。
そこで、本当の答えが出るような気がしている。

