家財整理の見積もりをしていると、ふと考えることがある。
「私は、いったい誰に向けてこの見積もりをしているのだろう?」
形式的な依頼者はたいてい、不動産屋さんや相続人の方々だ。
もちろん彼らは必要があって連絡してくれるのだけれど、どこか“他人事”の空気をまとっていることが多い。
「とにかく早く片づけてほしい」
「中のものは全部処分でいいです」
そんなふうに、事務的に淡々と話が進んでいく。
でも、家の中に一歩足を踏み入れると、空気が変わる。
暮らしていた人の気配が、そこかしこに残っている。
台所には使い込まれた鍋、壁には色あせたカレンダー、タンスにはまだ折り目のついた服。
誰かの生活の記憶が、静かにそこに息づいている。
そう気づくと、私たちは本当の依頼者は目の前にいる人ではなく、
“この家で長年暮らしてきた、もういない誰か”なのだと思い至る。
だから、たとえ「全部処分で大丈夫」と言われても、
私たちはその言葉を鵜呑みにせず、引き出しの奥や押し入れの中に、
まだ何か大切なものが残っていないか、静かに目を凝らす。
そして、たとえその見積もりが最終的に仕事に結びつかなかったとしても、
私たちはこの家と、その暮らしに、正直に向き合いたいと思う。
事務的な依頼者にモヤモヤしながらも、
心の奥では、本当の依頼者に向き合っているつもりで。