庄内浜の初夏といえば、やっぱり岩ガキ。
「牡蠣といえば冬でしょ?」と思われるかもしれませんが、それは“真ガキ”の話。
庄内浜で旬を迎えるのは“岩ガキ”。春から夏にかけて冷たい雪解け水が流れ込むことで、身がぷっくりと太り、クリーミーで濃厚な味わいに育ちます。この時期にしか味わえない、まさに海の恵みです。
そんな岩ガキにまつわる、父の昔話をひとつ。
海辺の温泉街にあった父の実家は、決して裕福とは言えない家。けれど目の前には海がありました。海開き前のまだ冷たい磯に潜っては、牡蠣やワカメを採って空腹をしのいでいたそうです。
ある日、観光客がその様子を見て「その牡蠣、食べてみたい」と声をかけてきた。
父が焼いて差し出すと、その味に観光客は大喜び。
それを見た父少年、ピンときた。
「自分で食べるより、売った方がコスパがいいかもしれない」
そこからが父の真骨頂。
観光客が来そうな時間を狙って磯に潜り、網で牡蠣を焼く。
香ばしい香りが届くように工夫し、タイミングを見て、醤油をジュッと垂らす。
香りに誘われて足を止めた観光客に焼きたてを差し出せば……もう、完売。
もしかすると、父の“商いのセンス”は、この頃に芽生えたのかもしれません。
今、この季節に岩ガキを味わうと、父の話がふっと蘇ります。
磯の香りと、ジュッという醤油の音とともに。
でもね、本当に好きな人はこう言うんです。
「生で、レモン汁を搾ってどうぞ」と。