ゴミ屋がなぜ終活か。話せば長くなります。まず「私は潔癖症でした」というところからお話しましょう。高校1年の夏休みから、急にお金やつり革に触れられなくなり、とにかくしょっちゅう手を洗わずにはおられない。人との接触もままならない状態。(コロナ対応の手洗い、ディスタンスを20年以上続けている感じです。)社会人となり日常生活ではコントロールできるようにはなったのですが、排泄物やゴミを扱うこの仕事にはかなり抵抗がありました。
それでも家業ということでやっておりましたが、どちらかと言えば仕方なく感は否めず、只々皮肉なものだと感じていました。
そんな中出会ったのが、孤独死残置物処理の現場でした。それも、どの業者からも断られたという現場。
分厚いカーテンが引かれていると思ったのが、多量の蠅。蛆まみれの畳の上が火事の痕の様に爛れており、灼けるような強烈な臭いがしました。その不衛生極まる環境の中で、私はゴミ処理という私たちの仕事に、猛烈にその価値を感じていました。
【孤独死×潔癖症】そんなありえない組み合わせが、アンカーズビッグバンの始まり、アドレナリンが体中を駆け巡りました。
その時の頭をよぎったのは、「この状況をご遺族に見せてはいけない」というものです。亡くなっていたのは一人暮らしの60代前半の男性。「もしかしたらお母さんはまだご存命かも知れない」頭の中にそんな言葉が響きました。
part3へ続く