家財整理などでお客様のご自宅を訪ねると、ときおり妙齢の女性が、膝をついて丁寧にごあいさつくださることがあります。その所作は、どこか慎ましく、見ているこちらまで背筋が伸びるような気持ちになります。不思議と、男性や五十代くらいまでの方がそのようなふるまいをされることは、ほとんどありません。
ふと、実家の母の姿が重なります。昔から人の出入りには必ず膝をついて深く頭を下げていたものです。けれど先日、町内会費の集金に来られた方にその所作で応じたあと、膝を痛めてしまい、それ以来正座ができなくなってしまいました。年齢とともに、体の声に耳を傾ける必要が出てきます。
近年では、会食の場においても畳に座布団という設えは、どこかネガティブな印象を持たれるようになってきました。「足腰に不安がある」「立ち座りがつらい」といった声から、椅子とテーブルのスタイルを選ぶ会場が増えています。
こうした変化は日常生活にも表れていて、自動車を選ぶ際にも、乗り降りのしやすさから座面の高い車種が人気を集めています。ほんの少しの段差でも、体に負担を感じるようになる年代にとっては、日々の“移動”さえも見直しの対象になるのです。
時代が変われば、礼のかたちやふるまい方も変わってゆくもの。かつては当然とされていた美しい所作も、今の暮らしには少し窮屈に感じられることがあります。